【Vol.267】寄稿 インディ君活用法 竹中正治氏
連載:FIWAインディくん活用法
龍谷大学経済学部教授
竹中 正治氏
投資シミュレーションソフト「FIWA®インディくん」の活用法
その2 リスクとリスク分散の効果
プロトタイプ版(無償)、本格版(年間利用料11,000円(税込))
https://fiwa.or.jp/simulation/(←インディくんのサイト)
FIWA®インディくんの活用法、2回目の解説です。前回は単一の株価指数(インデックス)に連動する投資信託やETF(以下「インデックス・ファンド」と呼びます)で長期の定額積立投資をすると、どのような運用成績(リターン)になるかをシミュレーションする方法を解説しました。しかしインデックス・ファンドも様々あります。インディくんの機能の中から「2, 複数の株価指数の過去データに基づく定額積立投資のケース」を使って複数の異なるインデックス・ファンドに同時に投資することで、その合成された結果がどのように変わるか、シミュレーションすることができます。
それに先立ってリスク、並びにリスク分散の効果について理解することが肝心なので、今回はその点について解説します。やや理屈っぽくなりますが、金融・投資の世界の基礎原理を理解する上で重要なことですので、お付き合いください。
リスクとは資産の投資リターンの変動性
投資の世界では単純に「リターンが高ければ、投資の成績が良い」とは考えません。あくまでも投資に伴うリスクの高低と対比した上でリターンが高いことが重要です。例えるならば、高速で走れる自動車でも燃料の消費量が大きすぎると「性能が良い」とは言えません。燃料消費量との対比でどれだけ高速で走れるかが問われるのと同様です。
まず「リスク」とは何を意味するのでしょうか? 一般用語としては「損失をする可能性が高い」ことを「リスクが高い」と呼ぶのが普通でしょう。しかし、金融・投資の世界ではリスクとは「資産のリターンの変動性」と定義されます。例えば以下のグラフ(左)は2019年1月から2023年1月までのトヨタ自動車とソフトバンクグループの株価の推移を月次データ(月末引値)で示しています(2019年1月末を双方とも100として表示しています)。
一目見ただけでもソフトバンクグループの株価(赤線)の変動の方が、トヨタの株価(青線)よりも変動が激しい(変動性が高い)と分かるでしょう。この変動性は算術的に計算することができます。右のグラフは双方の株価の変化を前月末比(%)で示したものです。
リスクは変化率の標準偏差として計測される
右図を見れば、赤色のソフトバンクグループの株価の変化(前月末比%)の方が大きいことが分かります。言い換えるとこれは前月末比のデータのバラツキの大小が違うことを意味します。データのバラツキの大小を測る統計的な概念として「標準偏差」があります。こうして計測された標準偏差が大きければ、リスクが高い、小さければリスクが低いと言うことができます。変化を計測する時間の単位は、日次、週次、月次などが一般的です。
標準偏差の概念は高校で習いますが、それを計算する公式を忘れてしまっても問題ありません。「=STDEV( )」というExcelの関数を使うと( )内にあるデータ系列の標準偏差を一瞬で計算してくれます。
前回号でリターンは年率で表示するのが一般的だと言いました。同様にリスクを示す標準偏差も年率換算されたものを使用するのが、金融・投資の世界の常識です。例えば、リスクが年率換算標準偏差8%、かつ平均的なリターンは4%、対象資産の当初の価格は100円としましょう。1年後にはその資産の価格は平均的には104円になると期待できるわけですが、リスクのある投資の場合にはリターンの高低にバラツキが生じます。以下の図を見てください。
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(当該図は、リソナアセットマネジメントのサイトで公開されている未来資産形成ラボ、プロダクト・マネージャー谷口真優氏の作図を借用した)
図の横軸はリターンの水準を表示しており、平均値の4%を中心に右はリターンが高い、左はリターンが低い、あるいはマイナスのリターンを示しています。縦軸はその水準のリターンが生じる頻度を示しています。
通常年率換算で「1標準偏差」という尺度で示されるリスク8%というのは、1年後に4%平均値から8%上振れて12%(=4+8)になるケースと、逆8%下振れて-4%(=4-8)になるケースの範囲に収まる確率が68%であることを意味します。これは図の示すベル型(正規分布)の図形全体の面積を100(%)とした場合、リターンが+12%~-4%の範囲の面積が68(%)になり、残り32%の確率でその変動範囲を超えることを意味します。
さらに「2標準偏差」という尺度でリスク8%と言った場合は、4%のリターンを中心に±16%(=8×2)の範囲にリターンが分布する確率が95%になることを意味します。いずれにせよリスクが高くなるほどベル型の図の左右の裾野が広がり、極端に高いリターンや低いリターンが生じる確率が高まることになります。
もちろん計測できるリスクは過去の実績であり、未来のリスクは不確実です。ところが興味深いことに、例えば様々な株式インデックスの過去のリターンとリスクを計測すると、リターンは10年程度の期間でもバラツキが大きいですが、リスクの水準は比較的安定しています。
リスク分散効果でリスクが低減する仕組み
以上、リスクの概念が分かったところで「リスク分散効果」に進みましょう。リスク分散効果を説明する例え話に「沢山の卵をひとつのカゴに入れないこと」(転んでカゴを落とすと卵が全部割れてしまうから)というものがあります。しかしここではもっと正確な踏み込んだ解説をします。
以下の図は横軸がリスク、縦軸がリターンです。今AとBという2つの株式銘柄を想定します。AはBよりも高リスク・高リターンなので、図上でBより右上に位置しています。
仮にAとBの価格が完全に同じ方向に変動すると想定すると、AとBにそれぞれ50%配分した合成ファンドのリスクとリターンはどうなるでしょうか?リターンはAとBの平均値になります。リスクもAとBの平均値になります。なぜならAが14%上昇する時、Bは12%上昇するので、合成ファンドの変動はその平均の13%になるからです。下落する時はその逆で、やはり合成ファンドの下落はAとBの下落の中間値になります。これを示すのが図上の①の位置です。この場合はリスク分散によるリスク低減効果は生じません。
ではAとBが完全に逆に動く場合はどうなるでしょうか?例えばAが14%上昇する時、Bは12%下落するという真逆の動きをする場合です。この場合は、Aの上昇によるプラスのリターン14%がBの下落によるマイナスのリターン12%で相殺されるので、合成ファンドのリターンは+1%にとどまります。逆の場合は合成ファンドのリターンはマイナス1%になります。しかもリターンはAとBの平均値の5%になるので、これを示す図上の位置は②になります。
つまり双方とも長期的にはプラスのリターンが期待できますが、短期的には真逆に変動するAとBを双方保有すれば、リスクを低減できて、かつリターンは双方の平均値を実現できることになります。これが、リスク分散によるリスク低減効果です。
しかし現実には2つの銘柄が完全に同じ方向に動くことも、完全に真逆に動くこともありません。様々な銘柄はある程度同じ方向に動いたり、違う方向に動いたりするわけです。そこで、ある程度違う動きをする銘柄AとBを保有すると、合成ファンドのリスク・リターンの位置は図上の①と②の中間のどこかに位置することになります。保有する銘柄間の動きが違うほど、その位置は左となり、動きが似ている場合は右に位置します。
左に凸の曲線、有効フロンティア
リスクが低く、相対的にリターンが高いほど、その合成ファンドの位置は左に位置し、リスク分散効果が高いということになります。さらに合成ファンドに占めるAとBの比率を少しずつ変えてみるとどうなるでしょうか。例えばB100%から、B90%とA10%、B80%とA20%・・・という具合に保有比率を変えて各々のリスク・リターンを計測すると、リスク分散効果がある場合は、図に示したように左側に凸の曲線が現れます。この曲線を有効フロンティアと呼んでいます。図上の③は最もリスクが低いAとBの組み合わせを示しています(リスク最小ポートフォリオ)。
ここでリスクゼロの金融資産と考えられる国債の利回りを1%とすると、それは縦軸(Y)軸上のリスクゼロ、リターン1%の位置になります。その位置から有効フロンティアに接線を引くとどうなるでしょうか。中学で習ったXとYの一次方程式を思い出してください。図上の接線の方程式は次の通りになります。
接線の傾き:a リスク:X リターン:Y b:接線のY切片
Y=a X+b
この式をaについて解くと以下の通りになります。
接線の傾きa=(Y-b)/X
この式の分子はリターンから無リスク資産(国債)のリターンを引いたもので、リスクプレミアムと呼ばれます。分母のXはリスクですから、接線の傾きaはリスク対比のリターン(リスクプレミアム)を意味しており、シャープ比率と呼ばれています。最初に述べた投資の成績が良いということは、シャープ比率が高いことを意味します。
傾きaが大きいほどシャープ比率は高いのですが、その最も高い比率をY切片から有効フロンティに向けて引かれた接線が示しているわけです。したがって接点におけるAとBの比率を最適ポートフォリオと呼ぶことができます。
さてここまで読んで正しくご理解いただければ、長期投資の本質とはどの銘柄が上がるかに賭けるのではなく、リスクを抑制しながら長期でリスクプレミアムを実現、累積させる営みだとお分かりになるはずです。
以上、分かりやすくAとBの2銘柄の関係で説明しましたが、ある程度の異なる動きをする銘柄数が増えるほどリスク分散効果は高くなります。そして市場に存在する広範な銘柄に投資するインデックス・ファンドはすでにそうしたリスク分散効果を実現しているわけです。しかし日本の日経平均株価指数、TOPIXや米国のS&P500等も世界の存在する株式全体を対象にしているわけではないので、異なる複数のインデックス・ファンドを保有することでさらにリスクが低下する場合があります。インディくんが提供するのは、そうした複数のインデックス・ファンド間のリスク分散効果のシミュレーションです。その具体例については、次回具体的にご説明します。
(次号に続く)