【Vol.252】FIWAマンスリー・セミナー講演より(講演2)

「ウォール街のランダムウォーカー」を読み解く(3)

講演 FIWA理事長
岡本 和久 CFA, FIWA®
レポーター 赤堀 薫里

バートン・マルキールの『ウォール街のランダムウォーカー』を読み解いています。この本が出て50周年です。全部で4部の構成ですが、5回にわたって、1回につき1部ずつお話をしていきたいと思っています(最後の一回はまとめ)。


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ランダムとは、事象の発生に法則性や規則性がなくて予測が不可能な状態をいいます。どっちに行くのかわからずふらふらしている、酔っ払いの歩みのような酔歩理論や乱歩理論という言われ方をしていることもあります。全体が四部構成で、今回はその3番目ということです。

ESG(環境 ・社会 ・企業統治)もポートフォリオ理論の中で大きく取り上げられるようになってきます。気候変動・人権問題・経済的不平等・水問題・森林問題・畜産問題・強制労働・海のプラスチック問題、こういうものがいっぱい世の中の問題を抱えています。

私はESGが新しい概念だとは思いません。私がニューヨークでアナリストとして仕事をしていた1980年代の初めに、ある年金から電話がかかってきました。50銘柄くらい日本株のリストを渡されて、「この中から南アフリカでビジネスをしているところをチェックしてくれ」と言われました。「なんで?」と聞きました。当時、南アフリカはアパルトヘイト人種差別をしていました。「そういう国で事業を行っている会社の株の年金資産で保有することはフィデューシャリ―の点で問題がある。そういう銘柄は売却をするつもりだ」と言いました。

そういうことを考えるのかと。80年代前半CMAの勉強をずっとしていた時に彼らがよく言っていたことは「利益の質」です。「利益は真っ当なものか、それがすごく重要なことだよ」と。単に数値が良い、利益が上がっているということではなくて、利益の質が大事である。

株式会社が社会の公器という前提で、利益の妥当性を判断する。世の中を良くしていく企業こそ長期的に高いリターンを提供できる。だから証券分析で着目すべき大事なことは、より良い社会創造への貢献であり長期的視野でみた成長である、株価ではなくて利益の質。これは全くその通りだと今でも思います。

少し、ファッション的に「ESG」という言葉が一人歩きしている感もあります。しかし、ESGは投資先企業における環境、社会、コーポレートガバナンスに関わる最善の長期的利益をもたらすと信じる運用手法です。世の中のためになる企業が大事なんだと。そういう企業を持つことが、環境、社会、コーポレートガバナンスをより良くしていくことになるんだ。現在サスティナブル投資残高はかなり大きくなっています。全世界で見ると35兆ドルぐらいです。日本はその中でまだまだ少ない方です。

機関投資家をみると運用資産額は世界全体で120兆ドルです。そのうちの91%の顧客がサスティナブル投資に関心がある。運用資産残高トップはブラックロックの8.7兆ドル。2位のバンガードは7.1兆円。3位のフィデリティ―は3.6兆ドル。ブラックロック、バンガードは、インデックス運用の大手ですね。これを両方合わせると約16兆ドル。すごい規模です。パッシブ運用は今、全体の運用資産の26%を占めています。ESGマンデート。要するに企業分析をするときにESGの視点で判断してください、ということでマンデートを与えるわけですが、それが全体の4割増えました。

全世界の上位300年金の資産は2019年に8%増加して19.5兆ドルとなりました。世界の株式時価総額64.2兆ドル。世界の名目GDP総額93兆ドル。パッシブ運用の世界全体の120兆ドルの仮に26%とすると31兆ドルになります。世界の株式時価総額の半分くらいはESGを意識した運用になってきています。それぞれどこまで真剣にESGを入れた分析をしているのかは分かりません。ただインデックス運用はこんな大きな資産を保有して、かつESGに非常に意識を高めてきている。やはり非常に大きな影響力を持つようになってきたということが言えると思います。

バンガードの創始者ジョン・ボーグルさんは、「我々は常々インデックス運用のコーポレートガバナンスの役割を果たすべきだと思っています。昔ながらの「気に入らなければ売ればよい」というウォール・ストリート・ルールはインデックス運用には当てはまらない。インデックスファンドは全体を持つので、株式を売却できない。経営陣が気に入らなければ、経営陣を変えなければならない。インデックス運用者はこの問題にかなり真剣に取り組んできています。一晩で変化は起こりません。多くの課題があります。バンガードでは現在30名のアナリストがいます。我々は会社を経営しようとは思っていません。株主の利益になるように企業を経営してもらいたいのです。経営者の利益のためになるようにではなく。これが目標です」と言っています。また、「いずれにしても、インデックス運用者のコーポレートガバナンスへの参画が増えるのは不可避だと思います。コストですがバンガードの場合は年間50億ドルくらい掛かっています。しかしこれは投資家として社会に対する義務だと思います」と述べていました。私は数年前にCFAの年次総会で直接これを聞きました。その時そのスピーチに感動したことをよく覚えています。

インデックスは、ウォール・ストリート・ルールで「気に入らなければ売ればよい」ではなく、売ることができない。しかもそれが巨額の影響力をもつ資産を持つだけに、会社に対する影響力をどんどん強めていかなくてはいけない。それは一つのインデックス投資の可能性だと思います。

それをきちんとやるかどうか、そこは注目していかなくてはいけない。ESGと名付ければファンドが売りやすい、では仕方ないのです。

いずれにしても、アクティブ運用の場合も利益の質をちゃんと考える。今期の利益は何%、それだけではなくて中身、質をみることが必要だと思います。講演ではリスク・リターン・相関と、ポートフォリオ理論の進化についての説明。行動ファイナンス、マルチ・ファクター・モデルの解説をしてくださいました。