【Vol.250】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

私の目指したい理想の投資信託

講演:中野 晴啓氏
レポーター:赤堀 薫里

中野 晴啓氏

中野 晴啓(なかの はるひろ)氏プロフィール

中野晴啓事務所代表
セゾン投信株式会社 前代表取締役会長CEO
1963年生まれ 東京出身 明治大学商学部卒業

1987年、現在の株式会社クレディセゾンへ入社。セゾングループの金融子会社にて債券ポートフォリオを中心に資金運用業務に従事した後、投資顧問事業を立ち上げ運用責任者としてグループ資金の運用のほか外国籍投資信託をはじめとした海外契約資産等の運用アドバイスを手がける。2006年セゾン投信株式会社を設立、2007年4月代表取締役社長、2020年6月より代表取締役会長CEO就任、2023年6月退任。

全国各地で講演やセミナーを行い、社会を元気にする活動とともに、積み立てによる資産形成を広く説き「つみたて王子」と呼ばれる。公益財団法人セゾン文化財団理事、公益社団法人経済同友会幹事他、投資信託協会副会長、金融審議会市場ワーキング・グループ委員等を歴任。

著書に『最新版つみたてNISAはこの9本から選びなさい。』(ダイヤモンド社)、『50歳からの新NISA活用法』(PHPビジネス新書)他多数


受託者責任とは何なのか。一方でフィデュシャリー・デューティという概念があります。フィデュシャリー・デューティの一番のポイントは、顧客の最善の利益の追求です。これは顧客本位原則の第1条のフレーズです。顧客の最善の利益の追求でよく言われるのが、資産運用業者は医者や弁護士と同じという表現です。医者は患者さんが来たときに、患者が自分ではなす術がないから100%お医者さんにお任せして、お腹を切ってもらい、手術してもらい、病気を治してくださいとなるわけです。そこに対してちょっとでも「治ったらいくらかせしめてやろう」とか、「今日はやる気がないから手抜きをしよう 」そんなことはかけらも思ってはいけません。命に関わります。知見、経験、知識、情熱、体力、全部を尽くして、その患者さんの命を救うために頑張る。これが最善利益の追求の意味です。

これと同じことが資産運用業者にも実務としてあるのが、フィデュシャリー・デューティです。なぜかといえば、そこには圧倒的な情報の非対称があるからです。我々運用する側が専門的な情報や知識を持っていることは当たり前です。それで飯を食っているのだから。

ところがそれを託する顧客はそれを仕事にしていないので、知識がなくても当然です。それだけの情報格差があるわけです。それを飯の種や、儲けのベースにしてはいけない。これがフィデュシャリー・デューティの一番重要なことになります。

フィデュシャリー・デューティをしっかり実践していくうえで、一番避けなければいけないことが、利益相反の回避になります。表現を変えると、俗にいう「李下に冠を正さず」、王様は、李の大きな木の下で冠を正すと、李を泥棒するように見えてしまうから、例えその気がなくても、冠を正すのは別の所でやりなさいということです。疑わしきことはやってはだめです。まさにここなのです。

利益相反の可能性があるような構造や仕組みは、例えその気がないと明確に言えるとしても、疑わしいと見えるのであれば最初からその構造は無しにしてください。そこまで厳しく問うているのがフィデュシャリー・デューティの概念です。利益相反があると、自分たちの儲けの種が、顧客の損に直結しますから、絶対にやってはいけないということで最重要項目となります。

もう一つの重要なポイントは報酬の合理性と透明性。一つの考え方としては一物一価。一つの運用商品があって、それがどこか違うところで買うと値段が違うということが、このビジネスにおいてはあってはならない。ですから買う場所によって販売手数料が違う。あるところでは取られ、あるところではノーロードということも、本来の報酬の合理性においてフィデュシャリー・デューティ違反です。もう一つの概念は、このフィデュシャリー・デューティはイコール、究極の奉仕。奉仕ですから、それをストレートに理解すると報酬を取ってはいけないとなってしまいます。

医者もそうですが、報酬を取らないと飯を食えない。正当な医療報酬は、正々堂々と取ります。ただし、過大な手術代を取ってはいけないことは法律で決まっています。資産運用においても全く同じで、合理的な報酬はむしろ胸を張って堂々と取ればいい。ただし、そこには合理的な説明が必要です。透明性と同時に、合理的な報酬とはどれくらい必要なのか。「自分たちが健全に長期投資を実践していくうえで、最低必要なコストは堂々といただきます。」という説明責任を果たすことは極めて重要なことです。

それともう一つが、運用会社に本来営業はないということです。アメリカの運用会社を多く見ると、営業部門はありません。日本でも営業部門がない運用会社は結構多いです。でも昔懐かし営業部とうたっているところもまだあります。要するにフィデュシャリー・デューティの概念でいくと顧客ニーズを作り出してはいけない。

運用というのは、求められたところにおいて、それに対して受託者責任を果たしていくので、無理やり喚起するというのはあり得ない構図です。これは銀行のローンも一緒です。お金を借りるという需要を自ら喚起することは極めて逸脱したものです。これはお客様がこういうものが必要だからお金を借りたいというときに、初めてそこに最善な対応で答えていくのが銀行の受託者責任、フィデュシャリー・デューティです。運用会社も同じです。顧客ニーズを喚起するということは決して顧客本位ではない。そこに規模を求める。「大きくしていくためには自分たちの運用を営業していく」ということを目的化すれば、当然その反対側として、顧客本位の実践はでき得なくなるということとセットです。こういうことを僕は非常に大事にしていきたい。僕の例でいうと、今回の出来事はベクトルが違うということです。株主はとにかく規模を大きくしたい。僕は規模を大きくすれば顧客本位受託者責任を果たせない。この意見のすれ違いに尽きたと言えると思います。

講演では毎年金融庁が出している、金融行政側の意思表示であるプログレスレポートをひも解き、「独立性」をキーワードに問題定義を解説くださいました。また、新しい会社の立ち上げの準備をされている中、胸に抱く理想を熱く語ってくださいました。

Free Discussion

岡本|今回のことは、感情的な問題は別として構造的な問題を含んでいると思います。それはお話の中にもありましたように、オーナーつまりクレディセゾンの株主に対するフィデュシャリー・デューティと、中野さんの持っている投資家に対するフィデュシャリー・デューティが一致していない。これはよく考えると、例えば日本の銀行系、証券系の資産運用会社すべてに当てはまることですよね。いろいろな種類の業務を行う会社の株主に対して責任を持っている企業がある。その傘下に子会社があって、その一つの部門のフィデュシャリー・デューティを他の部分に優先して位置づけなくてはいけない。一番悩ましいところはそこのところですよね。

今回、中野さんには気の毒かもしれないけれど、結果として日本の業界にはよかったのかもしれません。これからこういう問題が出てくる可能性があると思います。また、今、行われようとしている改革に新しい課題を投げかけている、非常に大きな問題だと思います。

中野|金融庁も、非常に大きな問題の発見というのか、こういうところは考えていなかった。なんらかのルールというか明示化されたものが出てくるのではないかと思います。

岡本|考えて見ればアメリカの運用会社、投信会社。ミーチュアルファンドの会社は別に親銀行がついている、そういうものではあまりありません。そういう意味では、それが1つの独立した事業体ということですよね。その認識は、運用会社という立場でいえばものすごく重要な事だといえます。バンガード型のものは非常に理想的な形だと思います。

岩城|新金商法の話です。資産所得倍増プランでアセットオーナーがやはり指針の対象として入るということはすごく重要なことです。今の日本においてNISAは金融庁の管轄である。企業型DCは厚生省の管轄ですね。私たち生活者からすれば両方の制度を効率的に使っていくということが、合理的に資産形成をしていく上で一番大事なことです。今までは2,000万円不足問題があって両者の間がぎくしゃくしていた。しかし、少し変わってきたなと思うところがあります。

企業型DCの投資教育は、今は努力義務です。そこで金融庁からミーティングに呼ばれて行きましたが、企業型DCは厚生労働省の管轄だけれども、企業がやっていくというところでは介入していかなければならないと、それでいろいろ話をしたいということなので、いろいろディスカッションしました。

その中ですごく印象的だったのが、資産課の室長が、「企業に対して義務化をすると、今までのフィデュシャリー・デューティ宣言を金融機関に義務化させたことで、形骸化してしまう傾向がある。だからここを、いかに本気でやるのかというのがすごく大事である」ということをおっしゃいました。

変わったなと私は思いました。本当に本気で考えようとしているんだとすごく感じました。資産所得倍増プラン1.0というところで、少し言うことは言いながら期待を持って秋の臨時国会でも可決されるようにしていきたいなと思っています。

岡本|問題は、投資教育が必要だという話になったときに、誰が何を教えるのか。おそらく金融機関が出てきて、専門部署の人かもしれませんが、ありふれた話をする。それが本当に実務に根ざしたちゃんとした話なのか?今、子ども向けにさまざまな金融機関が金銭教育をやっているけれど、どうもそれを見ていると、これでいいのかな?という部分が正直あります。

運用会社のトップに実務知識のある人を入れる。これは投信業界で非常に良いことだと思うけれど、その人たちの実務面の知識はものすごく遅れた日本の業界のことしか知らないということです。もっと理想的なものが世の中にあるんだということを、そういう人たちに知ってもらう。それが本当の意味で生活者のためのフィデュシャリー・デューティを理解してもらうことに繋がると思います。私は課題として大きな問題だと思います。とにかく「すべては生活者のため」を考えて制度を考えてほしい。よく考えれば金融機関が学校に出向いて金銭教育をするのも変な話ですよね。

中野|今までの概念だと、そういう金融教育、DCの制度説明に行く人たちのステータスが低いですよね。一線級の人がそこに行ってやる仕事ではないという概念が明確にあるので、そこに行かされる人もやる気を出せない。評価も低いみたいな形でDC制度が金融業界の中で位置づけられてきた。この概念から変えていかないと。一生懸命教育をしていくとか、そういう話をされていくことは、とても必要なものだし素敵な仕事だと、そういう概念の転換が必要です。金融経済教育機構設立も形だけでなくて、そういった概念の変換まで含めてやっていってもらいたいですね。

参加者|中野さんが長年にわたって、長期、分散、積立を説いていらっしゃること、大変敬意を表します。私自身その良さをここ数年実感しているところです。その上で株主重視の考えから、質問です。投信委託会社で大きく収益をあげることを求めてはいけないのでしょうか。運用会社の特殊性を強調されてらっしゃいましたが、弁護士業界も医療業界も収益を求める傾向が大手になるほどあると思います。インデックスファンドで投信会社、親会社、投資家が皆ウインウィンになるモデルはいずれ見つかりそうですか。

中野|多くの方が当たり前に疑問に思われるご質問だと思います。実はアメリカの事例でいいますと、エリサ法という法律があります。エリサ法でいえば、経営が独立していると実証できる運用会社でないと運用が受託できません。いわゆる会社の形態が相互会社、俗にLCCと言いますが、普通の株式会社の形になっていて、議決権がない。ですからコングロマリットが保有していても、運用会社に干渉ができない。そういった支配形態がきちんと担保されていて、エリサ法上初めて年金運用の受託ができます。そういうことができていない会社は年金受託をできないという形で定着しています。

ですから資産運用とは、株主の利益を追求することが顧客利益の追求と背反するという概念。であるがゆえに、金融庁も明確に言っています。顧客利益の最優先。顧客利益とは、株主利益を追求してはいけないということです。株主が儲けたいというのは実は一番後です。ですが、結果的に顧客に最善の努力をして顧客を幸せにすれば社会から評価され、結果的にその会社は発展成長していき、株主利益にも帰ってくる。その順番を、全くもってはき違えている株主は、資産運用会社を持ってはいけないと思います。普通のビジネスをやっているとそういうことがわからないので。だからこそ、金融行政の中で資産運用会社の所有というのは、ある種の制約が必要なのかなと、僕が今回の体験で感じたことです。

原田|運用会社は商品を販売するのではなく、受益者のニーズをくみ取り、それに適切に対処することが大切とのことでした。運用カバナンス、人事、経営、この3つの面ですべて完全に独立することが、顧客へのフィデュシャリー・デューティを徹底することになります。このような運用会社の運用商品を生活者が積極的に活用できるためには、メディア戦略が大事だと思います。お金のかからないYouTubeやSNSを使った適切、効率的なメディア戦略が必要だと思いますが、いかがでしょうか。

中野|自分がどういう会社を作りたいのかシンプルに申し上げると、せっかく作り直すのであれば、徹底的に理想を追求したいなと思います。今まではある意味負のレガシーがあって、追い出されたわけですけど、それによって自分自身が負のレガシーから解放された。だったら理想の運用会社とは何か。1つが、本当の意味での資本的独立性という意味でも、1つの会社にいっぱい持たれない。みんなで併せて持ってもらえる会社ができたらいいなと思います。どの会社も支配しない。でも業界で支える運用会社にして、彼らが何を求めてほしいかというと、徹底して自分たちがまだ出来ていない、それこそ顧客本位の運用会社の高みを目指す。こういうところまで理想を追求して、新しくこういうことができましたとか、今ある課題についてこういう風に克服する術を見いだしましたとか、そういうことを小さくてもいいから実践できる会社。

それを、資本を持ってもらった各株主に共有して、それを見て大きな運用会社が、じゃあ俺らもやってみようかというようなことで業界全体が底上げされていく、それを先導できるような会社だったら理想です。日本にはまだそういう会社はないので、そんなものを目指してみたいなと思っています。

おっしゃる通り時代は変わりましたから、TVコマーシャルなんかでやるのは馬鹿ですよね。多くの金融機関はすごいお金をかけて地上波のテレビコマーシャルをやり、テレビはもう古いよと今度はネット広告をする。相変らず同じ概念です。広告を出すのではなくて、自分たちが伝えたいメッセージはいろいろな形でお金をかけずに伝えていく術がある。それには聞いてもらえるだけのメッセージを出す。これはクオリティーと能力が必要です。そういったものがきちんとある運用会社を作りたいと思います。

岡本|本当に雇用制度の根幹にまで関わるような大きな問題だと思います。そこに手をつけないとまた同じようなものができてしまう。今日も皆さん、ご参加ありがとうございました。

(文責 FIWA)