【Vol.248】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

インフレ率アップが日本企業のROE,PBR,株価を押し上げる

講演:竹中 正治氏
レポーター:赤堀 薫里

竹中 正治氏 プロフィール

Mr. Takenaka

龍谷大学経済学部教授(アメリカ経済論、国際金融論)、京都大学博士(経済学)

1979年東京大学経済学部卒、同年東京銀行入行(現三菱UFJ銀行)、為替資金部次長、調査部次長、米国ワシントン駐在員事務所長、(公益財団法人)国際通貨研究所チーフエコノミストなどを経て09年4月より現職。毎日新聞社週刊エコノミスト、トムソン・ロイター社コラム、講談社現代ビジネス、ダイヤモンドオンラインなどへの寄稿他著書多数。

近年の主要著書

「ラーメン屋vs.マクドナルド、エコノミストが読み解く日米の深層」新潮新書2008年
「今こそ知りたい資産運用のセオリー」光文社2008年
「これから10年外国為替はこう動く」(国際通貨研究所・竹中正治編)PHP研究所2009年
「なぜ人は市場に踊らされるのか?」日本経済新聞出版社、2010年
「米国の対外不均衡の真実」晃洋書房、2012年
「稼ぐ経済学~黄金の波に乗る知の技法」光文社、2013年
「資産形成のための金融・投資論~黄金の波に乗る知の技法~」Kindle、2020年10月


証券取引所が『PBRを1倍割っている企業は、資本効率が悪すぎる。経営者はもっとしっかり仕事をしろ』というような通達を出しています。結構インパクトを与えているようです。金融庁もそうした動きに歩調を合わせて『日本の企業はもっと資本効率を改善する経営改革をしなくてはいけない』と言っています。もう少し前は、経済産業省も一橋大学の伊藤先生を中心に『日本企業の資本効率の向上と長期的成長に向けていろいろ改革をしなくてはいけない』、という伊藤レポートを3次にわたって取りまとめています。

こうした日本の企業経営に過去20年、もしくは90年代以降いろいろ問題を抱えていることは、私もその通りだと思います。一言でいうと、リスクを伴う新規事業の開拓に経営者が消極的すぎるのではないのか。あるいは情報通信技術の急速な技術的な環境の変化に合わせて、業務やビジネスフローの変化が遅いのではないのか。既存の過当競争の市場でコスト削減、賃金の抑制に20年間汲々にして、逆にそれが全体的にもミクロ的にも閉塞な状態を作っていたと思います。

一つ見落とされている問題は日本企業の平均的なPBRと、自己資本に対する利益率ROEの低さです。これは個別の企業経営者の問題だけではなくて、過去四半世紀続いてしまったデフレ、低インフレというマクロ経済環境が深く関わっているという論点が、どうもスポッと落ちてしまっていると私は思っています。

その議論を考えました。一株当たりの純資産に対する株価PBRは、ROE(自己資本利益率)とPER(株価収益率)に分解でき、二つの変数の掛け算になります。さらにROEは4つの要素に分解できます。最初の要素は、売上高に対する利益率です。2番目は総資産の回転率。3番目は財務レバレッジです。これは自己資本比率の逆数になります。これを頭に入れて考えていこうと思います。実は、インフレ率が低くなると企業の平均のROE、自己資本に対する利益率が低くなります。逆にインフレ率がアップするとROEも上がる。割と直感的にそうじゃないかしら?と思い始めている人もそこそこいらっしゃるのではないかと思います。

なぜインフレ率とROEが関係するのか。ROEの分母ですね。企業のバランスシートの資産と負債の差額。これは簿価ベースで純資産です。一方で負債サイドは、借入金、社債その他の債務からなり、皆、名目額が固定されているので、短期的な物価の変動はそんなに受けない。資産サイドを見ると短期の資産は売掛金や在庫品など、割と物価の変動をある程度反映する項目がありますが、長期の固定資産は有形無形を含めて、取得時の原価を基準に減価償却費を引いた簿価です。物価の変動とは極めて無関係、もしくは極めて鈍くしか反応しない。分母サイドはあまり物価の変動に合わせて動かない。一方ROEの分子は純利益です。純利益は売上高から各種のコストを引いたものです。売上高は、販売数量×価格ですから、ここはもろに物価の上昇率が響いてきます。各種のコストを引いた残余。コストも変動費と固定費があります。変動費は物価の変動を割と反映します。固定費は短期中期では物価の変動を受けない。こうした事情によってインフレ率とROEは、正の相関関係があります。

日本のROEは低いと言われ続けてきましたが、ROEを構成する3つの項目の中でどれが日本は低いのか。これは2019年に経済産業省が分析している資料から、主要企業の平均値を出しています。売上高利益率をみると2018年当時、日本は上がってきてはいますが5%台です。この当時のアメリカは8~9%台と比べて低い。次に総資産回転率は、日本もアメリカもほとんど変わらない。財務レバレッジの比率は、2014年くらいまでは日本企業もアメリカ企業も大体同じくらいありました。

その後の2014年以降、アメリカの企業は財務レバレッジ比率が上がってきます。逆にいくと自己資本比率が下がっています。この時期はリーマンショックの痛手も癒えて、低金利だし、バンバン低金利でお金を借りてROEを高めよう。自社株買いでROEを高めようよ。そういう企業がアメリカで非常に増えてきた。日本の企業は低金利が続いてきてもやってこなかったのでここで差がついた。

ただ自己資本比率をどんどん下げていいという話にはならない。必要以上にリターンの低い資産を持っている。預貯金をジャブジャブ持っているというのは論外ですが、これは程度の問題です。日本企業にとってROEを高めることに重要な売上高利益率をいかに上げていくことなのか。それも3つの要素をみるとわかります。

講演では、ROEとインフレ率がなぜ関係するのか、ROEに対して経済的な変数として強く影響を与える景気動向指数と消費者物価指数の回帰分析をして説明。また、ROE向上のために日本企業は何をすべきか。なぜ高いROEに、より高いPBRが対応するのかについて解説。最後に中期的な日本株の動向への含意と『PBRひきあげろ』という動きに感じる懸念をお話くださいました。

Free Discussion

岡本|配当込みのTOPIXが2021年1月に新値をとって、それ以来、現在は過去の高値から22%上昇している。これは、配当金をたくさん払っているということです。それから自社株買いとか。残りの資金、内部留保はどこにいっているのかというと大部分は銀行預金で0金利を稼いでいるわけです。企業としてのROEが低下していくことは当たり前です。株を買うということは企業の株主資本を買っているということです。企業としてのROEが低下するということは、その収益率が下がっているということですから、株の魅力がないということにつながってきています。このように金利が目に見えるようになってくると、少しずつ変わってくるのでしょうね。やはり重要なことは、配当金を払うのはいいけれど、内部留保をいかに新しい事業に投資をするか、現在の企業の平均ROE以上の分野に投資をしていくかということだと思います。そうしないと企業としてのROEは上がらない。竹中さんにお伺いしたいのですが、ROEが上がっていく前提として、それでは内部留保をどういう分野に投資をしていけば、竹中さんが描いているようなROEの上昇につながっていくのかな?という部分を教えていただきたいです。

竹中|どういう分野にキャッシュを投資していけばROEが上がるのかは、業界ごと、あるいは企業ごとに違う話なので、一般的な答えがあるわけではありません。一つ感じていることは、アメリカのS&P500。いわゆるGAFAMと呼ばれる5つを除いたS&P495 を計算すると、実は日経平均やTOPIXとあまり変わらない結果が出てきます。何が言いたいかというと、GAFAM、あるいはテスラを入れて6社かもしれませんが、世間を席捲するような5~6社を過去20数年の間に生み出すためにアメリカは、みんな最初はベンチャー企業として生まれてきました。何万社、何十万社というベンチャー企業が生まれて、その淘汰の中で、後は消えていっているものがたくさんあるわけです。生き残った5~6社がグローバルに席捲する大企業になってアメリカの株価に貢献している。

こういう、まさにアメリカ的創造的破壊。あるいは新陳代謝。この激しさですね。同じような事が日本ではできそうな気がしません。ある程度競争環境を政府が作っていかないといけない。本当に長期的な第3の成長は起こりにくいであろう。危機の時というのは、戦後の日本も焼け野原になってしまっていて、1から用意ドンと競争するしかなかった状況でスタートしました。そういう中から生き残った企業が、ソニー、トヨタ、松下が伸びてきたわけです。そういう創造的破壊。クリエイティブ・ディストラクション。

日本に足りないのはこれでないのか。ヨーロッパにも足りないですけどね。あんな事ができているのは、アメリカだけのような気がします。ある程度同じ規模でできなくても、過去20年、30年の政府の政策を見ていると、現状を維持するために一生懸命お金を費やしている。これではいかんよね。ただ、今回の岸田政権の骨太の政策をみると、労働市場改革とか、あるいは貯蓄から投資へとか、新産業へのとか、割とバランスよくやらなくてはいけないことが盛り込まれていて、あまりできないと決めつける必要はないのではないのかと思っています。そこそこ、ポジティブな気持ちでみています。

岡本|貯蓄から投資へというのは、一番重要なのは、個人ではなくて、企業ですよね。貯蓄している場合ではないだろう。投資をしろと!終戦の翌年、この1946年に二つ企業が生まれています。ソニーとホンダです。あの時代に、あの二つの企業が起業したというところがすごいなと思います。マイクロソフトが創業したのは1975年です。オイルショックの後でガタガタになった時です。アップルの創業は翌年の1976年。あの時にできた企業が今のアメリカ経済全体を引っ張っています。

日本も何か全く新しいものを作って全世界でそれが使われるようになってくるといい。かつてウォークマンや家庭用ビデオ、ウォシュレットなど、世の中になかった商品を日本が開発して、それが世界中で使われるようになった。新しい産業を作る気概を持って設備投資をする。ただ単に万一の事があったときにお金があったほうが安心だからというだけだったならば、株主はむしろ銀行に預金していた方がいいやということになりますからね。要するに企業マインド、アニマルスピリット。そこはもうちょっと頑張ってやってもらいたいと思います。

参加者|二つあります。ひとつは、新NISAで今以上に日本株買いが選ばれるためにはどのようなことが必要なのでしょうかという抽象的な議論。もう一点は、セゾン投信の中野さんの件です。情報が断片的で、まだどうこういうには外野の勝手な意見ですが、どうお考えなのかをお聞きしたいです。

岡本|新NISAであろうとなかろうと日本株をどうするのかという問題ですよね。基本的に私は全世界の株式インデックスを持っていればいいという考え方です。もし日本株に対してこれから大きく変化していく可能性があると思うのであればグローバルなインデックスにプラスアルファで少しだけ日本株のインデックスを加えておけばいいのではないでしょうか。そうでなければ、時価総額をニュートラルにして、ちょっとその辺の配分比率を変えるだけのことですね。全部売って日本株だけにするというのはやめた方がいいと思います。わからないですから。

セゾン投信については資本の論理です。あえてセゾン的に言うと、林野さん悪い人、中野さんかわいそうな人、そういうムードが漂っていることは間違いだと思います。中野さんは中野さんでセゾンという大きな圧力を受けていたことは事実だし、セゾンさんはセゾンさんで株主も含めてオーナーの圧力を受けていることも当たり前のことです。もう一つは、中野さんがやってきたセゾン投信はいろいろな意味でセゾングループに属してきたメリットを受けてきたことも事実です。全部自分でお金を調達して拡大していかなくてはならなかった「さわかみ投信」とは違ってセゾンという名前がある。そこに大きな違いがあった。今まであったメリットを全部無視して、自分本来の投資として考えてきたものと違ってきているというところに相違が生じている。

二つのレッスンがあります。大手の金融機関に所属する投資信託はよく考えた方がいい。それはセゾン投信だけでなくて、もっと大きい銀行の投資信託部門でも同じ事が起こらないとは限らない。金融業界が非常に苦しくなってきたときに、こんな儲からないものを止めるということがオーナーから出てこないとはいえない。何十年という人生を通じての資産運用ではそういうことは時々,起る。オーナーにとっていかに投資信託が収益源として大切なものなのかという判断を常にしていかなければいけない。インデックスだから儲からない。それは安売り競争をしているから儲からない。適正なインデックスを良い商品として売っていくことで当然の利益が出ます。

もう一つは投資信託会社も含めたが企業の体制です。外部役員がセゾン投信に入っていたのかよく知りませんが、一般に外部役員は企業が選んでいます。外部役員は、消費者サイドからも選ぶ。セゾンだけでなく、投信会社も投資家の声が経営に届くような企業統治の体制が必要だと思います。それはさらに言えば、企業の外部役員も、消費者からもそれを選ぶべきだと思います。なかなかどのようにやるのかは難しいと思いますが、外部役員の選び方が、いかにも会社のご都合主義で決めているのではないのかという気がします。非常に重要な課題だと思います。今日もありがとうございました。

(文責 FIWA)