【Vol.239】FIWAマンスリー・セミナー講演より

144年間の株価指数完成にあたって

講演:明治大学商学部教授
三和 裕美子氏
レポーター:赤堀 薫里

三和 裕美子氏プロフィール

三和 裕美子

岐阜県生まれ。南山大学卒。88年から91年野村証券勤務。93年同志社大学大学院アメリカ研究科修士課程修了。96年大阪市立大学(現大阪公立大学)大学院経営学研究科博士後期課程単位取得し退学。96年から明治大学商学部専任助手、専任講師、助教授を経て05年同教授に就任。ミシガン大学ビジネススクール客員研究員、全国市町村職員共済組合連合会資金運用委員、地方職員共済組合年金資産運用検討委員会委員などを歴任。研究分野は、機関投資家とコーポレートガバナンス、ESG投資など。現在、I-Oウェルス・アドバイザーズ株式会社代表取締役社長、エーザイ株式会社、ピジョン株式会社の社外取締役も務める。明治大学株価指数研究所所長。


明治大学株価指数研究所の設立意義と、6年間の歩みについて。また、レンジベースでの日本の戦前期の株式市場の特徴についてと、日米のリターンとリスクの比較の解説につきお話します。

2016年明治大学株価研究所を設立しました。岡本さんから「日本は明治時代から株式市場が存在していて、ニューヨーク、ロンドンに並ぶ時価総額を誇っているにも関わらず連続した指数が存在していない。これは株式市場にとっても、日本経済歴史においても問題である」と、問題意識を投げ掛けられ、これをやることはとても意義のあることだと思い取り組んだ次第です。

完成までに2016年から2022年まで、6年間かかりました。いざ取り組んでみると、株価データを集めること、そして、増資、額面割当増資、分割払込配当修正をそれぞれの株価に修正していかなくてはいけないということなど課題が山積でした。

あとは学生さんにアルバイトをお願いして、いろいろな雑誌、新聞から抽出する中で旧漢字が読めない、雑誌がボロボロで字が読めない、そんな困難に突き当たり、思った以上に大変な作業だということを認識しつつやっておりました。その間コロナ禍もあり、今年(2022年)の夏にようやく完成してリリースすることができました。

我々のデータは、月次の株価データを集め、月次のデータですべて揃えていますが、いろいろな歴史的な事象と比べてみるとき、日本のTRI (Total Return Index、総合収益指数)を算出することになりました。これは、配当と増資の効果を価格修正したものです。また一切修正を施さないものがPI (Price Index、価格指数)です。つまりプレーンな株価です。これの月次のリターン、月次の価格、指数を出しております。

月次を平均したものを年次に直して変化率、つまり市場の収益率の年ごとに見たものを見ると、PIよりもTRIの方が大きくリターンに貢献しているということがわかります。日本の株式市場のTRI数値として大体プラス50%のところとマイナス35%の間のレンジで捉えていただきたい。

その中で、0%から上の50%の間をプロットすると、マイナスの年よりもプラスの年の方が圧倒的に多い。ただ近年、1990年の失われた10年、20年のところは、ちょっとマイナスが多いのですが、マイナスのブレ幅と、マイナスの年を見ると、プラスの年とプラスのブレといいますかプラスのリターンの方が圧倒的に多い。

一方米国の場合、上は35%のところからマイナス12~13%ぐらい。1929年あたりの大暴落で異常な値を示していまが、そのようなレンジの中で動いています。日米比較をすると、日本よりも明確かもしれませんが、通期で見た場合、圧倒的にプラスの年が多いということがわかります。マイナスのブレ幅はプラスよりも小さい。アメリカについては、リスクの大きさが通期で日本よりも小さい。

日本の場合、1880年以降とか90年以降で引き直すとレンジはもっと狭まっています。しかもマイナスの方にいっているというところが、近年の日本の株式市場の大きな特徴を示しています。

今日は全体感を掴んだうえで、1951年までの株価指数値を作っていますので、PIとTRIの比較とリターンという意味で株式市場の動きを見てみようと思っています。日米のリターンを比較すると、日本の方がブレ幅、リスクが大きい。また、1800年代から2022年まで見た場合、若干日本の場合は近年に近づいてくるとプラスの部分がないのです。特にアメリカの場合は一定してプラスのリターンを出している年が圧倒的に多いのかなと思います。

戦争と株式市場という点では日本の第2次世界大戦の前の日清、日露、第一次世界大戦を見る場合、戦争が起こった時の戦時相場で上がって、その後で恐慌という形で下がっていくことがパターンとしてあります。しかし、下げという恐慌とか第二恐慌という表現というよりも、データで見る場合、マイナス幅は、全体で比べてみると、そんなに大きくないのかな?という印象があります。アメリカに比べて、やはり全体の通期のチャートを見ても若干いびつな形をしているのが日本です。なぜそうなのかというと、官制相場色ということではないかと思います。官、民、介入といった相場色が非常に強い、その影響が出ていると思います。

特に、証券民主化運動、1948年商法、証券取引法そ制定を経て1949年取引所が再開されます、その前の、あるいは民主化運動の期間の店頭取引での大幅な価格の上昇というものが、全体からいうと少し異常値に見られる傾向があるのかなということを思いました。

講演では、PIとTRIの比較とリターンという意味で株式市場の動きを、「戦争と株式市場」「日本の特徴として官プラス民の官企業への株式市場への株買い支えという介入」「戦時統制とその後」の3つに分けて解説いただきました。また、日本の戦前期の株式市場の特徴について大変興味深い解説をいただきました。(文責:FIWA)

フリーディスカッショ

岡本|指数を作るためには、指数に組み入れられている株式市場の全部の銘柄の長期に渡る株価が必要です。そういう意味では、この研究は膨大な作業による極めて貴重な資料です。明治時代からずっと続いている企業のそれら個別企業の株価がどのように変化してきたのかということがずっとわかるわけです。それを、例えば営業報告書に載せることもできるでしょう。そういうニーズもこれから出てくるのではないのか思っています。また、それぞれの企業のコーポレートアクションやすべてそのデータというものは、トータルのデータベースの中に入っていますから。そういう分野をどのように切り分けて、どのように価格付けしていくのかということを、これからよく考えていかなくてはいけないなというのが課題だと思います。

参加者|営業報告書があるから、企業のファンダメンタルリターンが計算できるのではないのかなと思います。いわゆるROEとか、配当性向を含めて株価ではなくて、企業が実力で儲けた分はどうなのかというね。それに対して株価は時には行き過ぎたり下がり過ぎたりしますよね。そこが分離してできると、実力ベースの部分と株価だけが勝手にというか、投資家が判断してやっている部分が分けられるといいかなと思っています。

三和|ちょうど今、早稲田大学の宮島先生の研究室が、1914年から41年までの財務データ、株主データ200社程度ですが、作っていらっしゃいます。それと我々が集めた株価データを拡充したもので戦前期の日本の企業のファイナンスといった形で世界に発信したいなと、進めようとしているところです。

参加者|よくハイリスク・ハイリターンといわれます。プロットすると、右肩上がりになって、株式が右の上の方にありますよということで、リスク・リターンといわれます。私がみているところ、リスクとリターンは、その源泉が別ではないのか。どちらかというと、リターンとは長期のリターンの平均リターンで、企業の実力ベースで稼ぐ部分でできていて、リスクというのは、短期的な変動なんですが、投資家のブレのほとんどが現れている。よくいう「ハイリスク・ハイリターンだよ」ということとは、実はリスクとリターンの源泉が違うんだ!ということを今研究中です。その辺が分離できると非常に面白いのかな、インプリケーションとしては、長期投資をするからリターンが上がるんだよ、という話につながると思います。

三和|非常に興味深いですね。リスクは、株価のブレというか変動なので投資家の方はそれをもとに資本コストという形で要求してくるんだけど、でもそれって実はリターンというのは、企業の実力みたいなもので、そういってみると、資本コストに見合ったリターンはちょっと違うよなということを今思いました。

参加者|今のお話のリスクとリターンは源泉が違うんじゃないかという点はひきつけられました。でもそれは、現代の金融投資理論、標準的な理論の最も中核的な命題に対するアンチテーゼになりますよね。でも逆に言うとこれ有名な話ですがポートフォリオのリスクをベータで測って、そのベータで測られたリスクをリターンが正の相関があるのかというと、ないということが判然としてしまっています。そういう意味では、中核的な命題はある意味もう崩れてしまっているので、その辺に対するすごくクリエイティブな論文になるのではないのかと引きつけられました。

参加者|144年間の配当込みというのが想像はちょっとしてみましたが、想像を絶する大変さだということがわかりました。質問としてはエーザイとかピジョン、日本でいうとエクセレント・カンパニー、ガバナンスがしっかりしていて、社外取締役もいる会社があるのに、なぜ個人もGPIFも含めて日本から投資家が海外へいくのか。これをどう捉えたらいいのか。ネガティブではなくてポジティブに捉えればいいのか、それともまだまだガバナンスコードというのが出来て7年なので、仏作って魂入れずという段階、過渡期なのか。ちょっとそのあたり、144年の歴史でリターンがアメリカ株よりもいいというのが「そうなんだ」と思いつつ、どっちを買うかといったら、アメリカ株、全世界株の方がいいな、ということを率直に思っています。その辺りのご意見をお願いします。

三和|ガバナンスが良くなるからというか、モニタリングボードがあるから企業価値が上がるのか、という命題がクエスチョンマークかな?と思っています。企業価値が上がらないとは言いませんが、ガバナンスを整えることは下がらない大前提です。整えないとみんな投資をしない。でも企業価値を上げることは、イノベーションであったり、日本企業の実力だと思います。実力の部分と、形式といいましょうか、海外の投資家が投資をしてくれるようなガバナンスを整えるということは、ちょっと次元の違う話です。まず整えないと投資をしないし、なおかつリターンがあるかといったらその先の実力だということだと思います。それは「ESGをやれば株価が上がるんですか?」とよく言われますが、「それは話が違う」と私はよくいっていますが、そういう話だと思います。日本企業の1990年代のリターンとリスクのブレが小さくなっています。でもアメリカは、マイナスにあまりブレず、プラスの方にブレている。要するにリターンが大きい。そこの違いだと思います。なので、世界に目を向けて投資をしたいというのは、投資家のみなさんも、現状をみれば当然のことだと思います。だから日本企業がどうすればいいのかというと、もちろんガバナンスを整えないといけない。でもその先のどういうイノベーションをだしていかなければいけないの?成長はどうするの?というところが課題だと思い、認識しなければいけないと思います。私は製薬会社さんの社外取締役をやっています。新薬を出す、出さなさいかのニュースを見て、株価はものすごく動きます。先ほどのリスクではありませんが、投資家さんからは「資本コストが上がるから、それに見合ったリターンを出してください」と言われます。株価の変動によって。それに見合ったリターンというよりも、ちゃんと実力として新薬を作っていくということを企業は考えていくべきです。もちろん資本コストも意識してですけど。資本コストが株価の変動ではないですよね。

岡本|結局、個人投資家としては、一番魅力のある企業の株を買えばいい。それがたまたまアメリカ株になるかもしれないし、インデックスかもしれないし、日本株なのかもしれないということだけであって。もし日本株が十分に上がっていないという印象であれば、それは日本企業の実力不足だということ。ただそれだけではないですか?それを少しでも修正しようという試みの中でコーポレート・ガバナンス・コード等が出てきているのだと思います。それが本当に実のある手段なのかどうか。どっちかというと、海外ではこうである。いろいろなところからいろいろ言われているから。それが本当に個別の企業が自分のものとして捉えていくのかどうか。さらに言えば国民一人一人が選挙をするというときに、自分のこととして捉えているのかどうか。同じようなことだと思います。やっぱり他人事である。形を作れば取りあえず何とか収まりが付くと。でも実態は収まっていません。それはやっぱり日本がこれから大きく成長していくパイオニアステージからグロースのステージへ向かっていくことができるための大きな条件だと思います。今日もありがとうございました。(文責:FIWA)