【Vol.234】ビジネスの極意は世阿弥が教えてくれた

講演:経済コラムニスト 大江 英樹氏
レポーター:赤堀 薫里

大江1

世阿弥の書いた風姿花伝は、純粋な芸術論ではありません。どんどん現れるライバルに対して、どうすれば自分たちがトップの立場を維持できるのか『マーケット戦略』『ビジネスのスキル』『バリューの本質』について記した戦略論です。

世阿弥は、室町時代に能を広め大成した人物として知られています。『風姿花伝』とはこの世阿弥が現した演劇論です。風姿花伝の本質は、演技論、芸術論だけではなく、世界をひとつのマーケットとして捉える。その中でどう戦い、どう勝ち抜いて生き残るかを表した『戦略論』です。これは日本の歴史上最高のビジネス書だと思っています。

風姿花伝にどんなことが書いてあるのかというと、『マーケット戦略』、『ビジネスのスキル』、『バリューの本質』です。一つ一つお話をしていきます。まずは風姿花伝に学ぶマーケット戦略。世阿弥のビジネスの根底に流れるものはすべてに関係性があることです。例えば、顧客との関係。競争相手との関係、組織との関係、自分自身との関係。つまり世阿弥は独善に陥っていない。常にマーケットをみて、顧客をみて、ライバルをみて、それに比べて、その人たちに対して自分たちはどう対応しなくてはいけないのかということを徹底的に考え抜いています。

なぜ関係性なのか。当時の芸術はある種の闘いでした。猿楽は滑稽な物まね芸ということになっていますが、これがいわゆる能のルーツです。大和猿楽四座。四つの猿楽の劇団がありますが、同じ舞台で演じあう、競い合うということをやっていました。この闘いに勝つためのマニュアル本が風姿花伝です。

当時の芸術は何でもランク付けをすることで勝ち負けを決めていました。そういう中で世阿弥はマーケット戦略を考えた。世阿弥の考えたマーケット戦略を少しお話します。一つは「珍しきが花」。花とは能にとって一番大事なものです。ずばり真実、大事なもの。もっといえば新しいもの、珍しいものです。過去に演じたものを同じようにコピペしてはいけませんよと言っています。

また、自分がかつてこうして成功したからといって、自分の成功体験に寄り掛かってはいけない。つまり、新しいことを連続してやっていかなくてはいけない。イノベーションの大切さを世阿弥は何よりも重視しています。私にとっても座右の銘です。肝に銘じています。新しいことに挑戦する。観客に飽きられないようにすることをとにかく心掛けています。新作を作り続けることが大事です。でも、新作を作り続けることはとても大変です。

そこで世阿弥はどう考えたかというと、ドラマツルギーを変えました。つまりお芝居の作り方を変えた。イノベーションをすることで量産することが可能になりました。その要素は3つあります。①二つ切の『能』、②文学作品の舞台化、③夢の活用です。二つ切の『能』とは、物語を前半と後半に分けます。前半の部分で前提になるような状況設定をする。前半でこんな設定ですよ。ということを聴衆に理解させておいて、中入りでつなぎがあって、後場にクライマックスを迎える。複式夢幻能といいます。

このようにパターンを決めておけば、ストーリーは無限につくることが可能になります。文学作品を舞台化する。伊勢物語から井筒や墨田川。平家物語から祇王、頼政。源氏物語から野宮、夕顔。有名な文学作品に旅をしてそこで夢を見させる。今でこそ映画とかテレビで実際に出かけてロケをしますよね。しかし能や演劇は舞台があって、その舞台の墨田川であったり王宮であったり、そこで演じていかなくてはならない。想像力を沸かせることをやっていかなくてはいけないわけです。

そこで出てくるのが、夢を使って表現が広がって、現在と過去を行き来する。あの世とこの世を行き来することは、今だったら画面を変えたらいくらでもできますが、当時はできませんでした。世阿弥の能は現在のメタバースでした。それまでは無骨だった猿楽に歌や踊りを入れ、かつ、過去と未来を行ったり来たりするファンタジーの要素を取り入れてエンターティメントに仕立て上げていったということです。これはすごく大事なことです。

ドラッカーがマネージメントの中で、『イノベーションとは単なる技術革新のことではない。新しい発明をすればそれがイノベーションということではなく、物事の新しい切り口や活用方法を創造することだ』と、言っています。オーストリアの経済学者のシュンペーターは、『経済の活力は革新と新結合から生まれる。常に新しい発明が必要なわけではなくて違ったものを別の角度で結びつけて行うことで新しいものが生まれてくるんだ。』といいます。つまり予想もしなかったこと、全く予想外のことが出てくる。これがまさに珍しきが花です。

講演では、マーケット志向であることの重要性として『離見の見』、『時節感当』、『秘すれば花』について、またイノベーションの大切さについて『珍しきが花』『住する所なきをまず花と知るべし』。そしてビジネススキルとして『男時、女時』の説明。最後にバリューの本質として『時分の花』と『誠の花』について大変興味深い解説をしてくださいました。

フリー・ディスカッション

大江&岡本

岡本|ビジネスの極意という視点で世阿弥を解説くださいましたが、逆に能楽そのものの質をどう高めていくのか、芸術性をいかに高めていくのかということについて、世阿弥的な考え方があったのでしょうか?むしろどうやって広めて成功していくのか、そちらの方が今回のお話の中心でしたので興味が湧きました。

大江|単なる滑稽な芸ではなくて、新しい能の構造改革みたいなこと。あるいは、だんだん能楽は変遷していきますので、最初は滑稽なものまね芸みたいなものが、呪術的な能面をかざして、病気を治すみたいな、怪しい方向へ行き、そこから芸能として確立していったのが世阿弥の親子だと思います。そういう意味でいうと、常に時代の中で自分たちがどう生き残っていくのかということもさることながら、結果的にはそこから入っていったのでしょう。『二つ切の能』だとか、夢を活用することによるイノベーションだとか、そういったものは窺えるなという感じがします。
一つ一つの芸に関していうと、彼はそんなに書いていません。それは、実際の演技を指導していく中で、どう演技術を高めていくのか、みたいなことを文章にしづらい部分があったのかもしれないという感じがします。

岡本|どちらかというと、プロモーター的なイメージが強いですね。

大江|そうですね。競争で生き残るということを何よりも考えていたと思います。

岡本|話はちょっとそれますが、大江さんは、もう投資の本は書かないとおっしゃっていましたが・・・。

大江|書きますけど、あまりたくさんは書かないという意味です。

岡本|私も書くことは全て書いたから、あとは『それを読んでくれればいいよ』という感じです。ただ一方で、いわゆる書籍というものから、YouTubeチャンネルやClubhouseとか、すごくメディアが多様化しています。読む人の態度が全体を書いた本をじっくり読んでいくというよりも、例えばYouTubeの中から知りたいことだけ検索して拾ってきて、一つ5分か10分でさらっと読んでそれでわかった気になる。それでトータルの知識体系はあまり学ばないで、断片的に知りたいことだけを拾ってくる。そういう傾向がすごく強くなってきている。それは悪い面も良い面もあると思います。そういうメディアの大きな変革期の中で、いわゆる講演活動みたいなものに対してどのようにお考えになっていますか? 

大江|合致するものであれば、私は求められたらどこへも行きます。投資について正しい理解を持ってもらいたいということであれば、私の使命の一つだと思っていますので、それはやぶさかではないし、求められるのであれば、喜んでやらせてもらおうと思っています。

投資の本も全く書かないということではありません。今までと同じようなものを書いたのであれば、多分読む人も『またこれか』と、飽きるだろうと思うので、もっと違う視点を自分なりに勉強して、それから話したり、書いたりしたいと思います。YouTubeは使い方かなと思います。取っ掛かりとしては悪いとは思いません。例えば2000円も3000円もする本を買って、面白くなかったら時間もお金ももったいないですね。

最近話題になっている本であればYouTubeで5分か10分で要約されているのがあります。それを見て面白そうであればそこから買うこともあります。YouTubeを見てこれはあまり面白くなさそうだなと思えば買わないこともあります。取っ掛かりとしてはYouTubeはそんなに悪くないと思います。中にはよくないものもありますけどね。

岡本|玉石混交というのはどの分野もありますよね。

岩城|若い方というのは、YouTube経由というのが本当に増えてきていますよね。資格もそうですが、学校の講座を受けるために高いお金を払ってやるよりも、YouTubeを使って勉強するというのを聴いて、そんな方法があるんだとびっくりしました。社労士の勉強をするときも、非常にYouTubeを活用しました。そういう意味では本を初めから読んで、参考書を最初から読んでというよりも、自分が分からないポイント、知りたいポイントだけを探せるという意味では、非常にいいメディアだと思います。使い方ですよね。

大江_世阿弥

参加者|大江さんは風姿花伝との出会いはいつだったのでしょうか。
 
大江|実は2回あります。そもそもの出会いは、学生時代に、先輩から『これを読んだらいいぞ』と風姿花伝の文庫本をもらいました。当時は、何が面白いのか全く分からなくて、『なんやこれは?』という感じでした。会社に入って、自分が管理職になった時に本屋で、東大の成川武夫先生の『世阿弥 花の哲学』という本を立ち読みして、これは面白そうだと思い買いました。そこで風姿花伝と出会いました。87年とか88年とかそんなころです。読んでみると『なるほどな』と思うところがいっぱいありました。別に私は芸事をやっていたわけではないですが、当時から会社の仕事として講演を各地でやっていたので、そういう意味ではすごく参考になりました。今でも仕事の半分くらいは講演をしていますので、読むたびに新たな気づきがあるとか、面白いなと思っています。できれば『風姿花伝を読む』という本を書きたいと思っています。

参加者|やっぱり学生時代では、ピンとこないかもしれないですね。

大江|こないですね。自分も仕事をやっているわけでもないし、演劇はやっていましたので、新劇に関する本は、いろいろ読みました。欧米の演劇論はけっこう読みましたが、灯台下暗しで、能や歌舞伎に関しては興味がありませんでした。

参加者|世の中知らないことがまだまだたくさんあるなと。今日も一つ学ばせていただきました。一つ一つ毎日知ることで、脳内でイノベーションしていくのかなと思います。本当に貴重なお話をありがとうございました。

参加者|普通の会社員が『秘すれば花』ということをやろうと思ったら、どうしたらいいですか?結構普段の仕事をやっているなかで、何かを見せたらまた新しいことを用意しろと言われてもなかなか難しいと感じますが。ヒントがあればお願いします。

大江|私も普通のサラリーマンを40年間近くやっていましたので、サラリーマンとして考えたらどうだというのは納得のいく話で面白いと思います。結局は意外感ですかね。自分に対して上とか周りの人はどのように思っているのか、どういう評価をしているのかということを知っておいた方がいいのかなという気がします。いい意味で、みんなの想像や期待を裏切る、ということをやるということが大事です。それは『新しい技術を身につけなくてはならない』とか、『新しいプロジェクトを立ち上げなくてはならない』という、大げさなことではありません。いつも会議の席で黙って聴いているだけなのに、この問題になると、急に口を挟んできたな。これも一つの『秘すれば花』なのかなと思います。ちょっといい意味での期待感を裏切るということはありかなと思います。でもやっぱり常にイノベーションを出し続けるということは難しいので、シュンペーターの新結合のように、ネタは全部一緒だけど、ネタの組み合わせ方をアレンジするだけで、全然違うもののように見えてくるということはあるような感じはします。

岡本|今日は大変ありがとうございました。