【Vol.272】エクスパート・オピニオン 

フジテレビ騒動に学ぶ株主の役割

 明治大学商学部教授 三和裕美子氏
I-Oウェルス・アドバイザーズ(株)代表取締役社長


三和さん
三和裕美子氏

岡本|今年(2025年)前半に大きな話題になったのがフジテレビにまつわる問題でした。当初は人気タレントの起こした不祥事でしたが問題は当該テレビ局の対応、経営問題、外部株主の参入、株主総会と議決権行使、そして「株式とは何ぞや」という大きな問いかけにまで拡大しました。今まであいまいだった本来の株式、株主、株式会社などの問題が一挙に浮き彫りになった感があります。これは結果として良いことだったのではないかと思います。今回は企業統治や株主権がご専門で自らも社外役員として活躍しておられる明治大学商学部の三和裕美子教授にお話を伺いました。

三和|株式、株主、株式会社などについて正確にご存じない方がまだまだ圧倒的に多いです。そういう人が投資をして株式を保有するということが小さいながらも企業に対して何らかの影響度を持つということを認識し、それにより会社を良くしていくことも少しは可能かもしれないし、それがひいては社会全体を良くしていくことにもつながる。もっと株式というものの社会性というものを意識した株式投資というものを考えてもよいのではないかと思っています。

フジ・メディア・ホールディングスの件で私も思ったのは、会社というのはいろいろなステークホルダーとの取引とか契約で成り立っているということです。ステークホルダー資本主義とか公益資本主義といいますが、それらが株主利益とは少し違うというイメージがあります。企業は何のために経営するのか、ステークホルダーのために経営するのだと言われています。ただステークホルダーとは、本来、株主を含めるようなステークホルダーであるべきだと思います。だから岡本さんがいつもおっしゃるように株主にも責任があると思うのです。

社会の中で会社がより良い未来を創るように、監視というか、チェックというか、牽制をしていく責任が株主にはあると思います。労働者の権利は、労働契約の中で定められている。労働組合だけでなく、スポンサーとか、取引先か、消費者とか、あと視聴者でしょうね、みんな関わりを持っている。さらにフジのようなメディアHDにおいて、テレビ局は准公益企業といえるので、政府、総務省とか、国とか、もちろん株主など、それぞれがちゃんと会社をこの世の中のために存続させるように組成するという役割と責任を持っていると思うんです。

ステークホルダー資本主義というと、「分配を平等に」という問題と捉えられやすいですが、実は株主だけでなくその他のステークホルダーも役割と責任があると私も思っています。株主には株主の権利があって、議決権と配当請求権があります。株主のできることと、一般視聴者というか、生活者のできることはまた違います。それぞれのできることをして、株式会社を通じて豊かな未来のために役立つものにしていくという意識が大切だと思っています。

岡本|視聴者もおかしいことには「おかしい」と声を出すべきだし、それはさらに国の政治にも言える。選挙に行って投票するという国民としての重要な義務にもつながっていく。「どうせ行ったって何も変わらないよ」と思ってしまっているところが一番大きな問題なんですよね。株式投資もそうです。やっぱり株を持っているということは、株主としてリターンも得るけれども責任もあるということですね。

三和|例えば実際に放送関係企業のメディア研究をされている先生から聞いた話だと80年代はフジテレビなど放送関連業界には視聴率を取れれば何をやっても許されるという雰囲気があったそうです。社員が番組終わった後、飲み会に行って帰るとき暴れて、お店のドアとか設備を壊すようなことがあっても、それが許されていた。それくらい暴れても「テレビ局の人間なんだ」ということでみんなが許してしまうだけでなく、むしろそれを助長するというか、「良し」とするようなカルチャーが業界や企業にはあったと聞きます。フジテレビにおいては日枝さんらを中心とした体制の中で、視聴率が取れればみんな何をしてもOKだと思っていたのでしょう。

では、株主としては、業績が上がればそれでいいということなのか。視聴率が上がり、スポンサーがついて、業績が上がり、株価が上がり、配当金をたっぷりもらえれば株主はOKなのかと言ったら、そうじゃない。社会的責任というか、企業としての倫理があり、「これって倫理的にどうですか」ということが問われなければいけない。株主はモノを言う権利があるのだから、責任もあるということです。

例えばある株主が社員の迷惑行為、違法行為について話を聞いたら声を挙げる。個人投資家でもいいんですよ。株主提案なんかしなくてもいいので、株主総会に行って御社の従業員さんはどこどこのレストランで器物を破壊している。「そういう行動を『良し』とする企業カルチャーってどうなんですか」っていう質問はできるわけですよね。そういったことを個人株主のレベルでももっとやっていけるし、やっていくべきです。ほんの少しでもそれで社会が良くなっていく。株主にはそういう役割と責任があるではないかと思います。会社法的な議論だけではなくて倫理に基づく議論をしていかないといけないと思っています。

岡本|倫理に乗っ取った株主の義務なんですね。私はかねてから配当金をもらったらその企業の社長に手紙をだそうということを勧めています。配当金のお礼でもいいし、企業の活動で気づいたことがあればひと言伝える。実際、手紙に感動した社長が「全社員の前で読んで聞かせました」という事例も報告がありました。また、苦情処理係に回されるケースもあったようですけれどね(笑)。

三和|やっぱりおかしいと思ったら「おかしい」とたった一票でも言うべきだし、その声が大きくなるのはそれなりの影響力は持ってくる。

岡本|株式というものを株価でしか見ていない。ただ金で割り切って1000円で買った株がいくらになるか、配当金いくらもらえるかだけの世界だけじゃないってことですよね。生活者の視点で良いと思った点、正すべき点を株主として企業に伝える。もっと社会とのつながりをもって投資家も考えてほしいと思うのです。これこそ個別銘柄に投資するアクティブ運用の真骨頂だと思います。

三和|コーポレートガバナンスの議論もそうで、株主価値を極大化するのか、ステークホルダーの価値の分配をどうするのか、取締役会の構成をどうするのか、そういう議論に終始をしているんですけれども、そもそも会社の経営者というのは、その会社の文化とかカルチャーを醸成して作っていくという責任もあるわけです。トップの役割は業績だけではなくてその企業文化、カルチャーをまとめていくためのリーダーなのです。それを株主として「どういうカルチャーを創ろうとしているのですか」、「どういう文化を創っているんですか」ということを問うのは株主の責任だという議論も必要だと思います。

岡本|それには「モノ言う株主」と「モノ聞く経営」が会社という車の両輪でなければならない。

三和|弁護士の中村直人さんという先生が最近「ガバナンスを語る」という本を出されています。前半は西洋近代主義の歴史がずっと書かれています。西洋の近代主義・個人主義の観点からのコーポレートガバナンスが日本に導入されていった過程が書かれています。

そういう西洋的な個人主義とか、近代化の中の「私」と「あなた」を切り離す二元論的考え方の中でのコーポレートガバナンスが日本に導入されてきました。その結果、日本はアメリカ型に向かおうとしているのですが、それが良いのか、悪いのかという流れをちゃんと理解していくことが必要だし、その中で日本のコーポレートガバナンスや日本的経営や株主行動が、制度的にアメリカやイギリスとは違う制度の中でどのように機能するかが今問われていると思います。

岡本|思い出すのは米国のジョンソン・エンド・ジョンソンの「クレド(我が信条)」です。このなかで四つの主体が企業にとっての重要性の順番で示されています。まず、第一に顧客、第二に全社員、第三に全世界の地域社会、そして最後が株主であるとしているのです。

かつて同社の日本法人のトップを務めた故新将命さんが「どうして株主が最後なのですか」と本社のトップに聞いたそうです。その答えは「最初の三つを実現するのが企業としての責務だ。株主はその責務を果たすために企業を保有する存在なのだ」という答えだったということでした。

要するに株主こそ企業のオーナーとして顧客、社員、社会への貢献をする存在であるという返事だったそうです。企業の経営陣は社員の一員、リーダー役としてこの目的をぶれることなく達成する。新さんは「背骨が震えるほどの感動を覚えた」とおっしゃっていました。私も新さんのお話に同じような感動を覚えました。資産運用立国などが叫ばれる今日、このような株主、企業、世の中というつながりが常識になってほしいものです。今日はとても有益なお話をありがとうございました。