【Vol.262】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

「高橋是清の人生から学ぶ現在の日本の位置と日本人の生き方」

  作家 板谷敏彦氏
レポーター:赤堀 薫里

板谷敏彦氏 プロフィール

板谷氏
尾藤峰男 氏

1955年、西宮市生まれ。
県立千葉高校、関西学院大学経済学部卒業。石川島播磨重工業を経て日興證券へ。株式部、NY駐在、機関投資家営業を経験。その後、ドレスナー・クラインオート・ワッサースタイン等でマネージング・ディレクター、みずほ証券で株式本部営業統括に就く。2006年、和製ヘッジファンドを設立して話題となる。著書に『日露戦争、資金調達の戦い― 高橋是清と欧米バンカーたち―』(新潮選書)、『金融の世界史―バブルと戦争と株式市場―』(新潮選書)、『日本人のための第一次世界大戦史』(角川ソフィア文庫)


「国家の命運は金融にあり」、高橋是清の生涯という本を出版しました。高橋是清の人生から学ぶ現在の日本の位置と日本人の生き方というお話をさせていただきます。この本は、週刊エコノミストに4年半にわたって連載されていたものが元になっています。上下2巻です。最初の上巻に立志編、自立遍と二つ入っています。全体では立志、自立、不惑、知命という4つの本編の部位に分かれています。これは論語の中の孔子の言葉から来ています。

第一部は立志編。孔子さんは15歳で学問を志す決意をしましたが、是清さんは13歳で米国留学を決意しました。これが立志編です。このとき明治維新と重なっています。国家0歳。是清13歳で立志編が始まります。

2つ目は国家が25年目を迎えた1892年ですね。これが自立編。これは精神的に自立して独自の立場に立つというのが孔子さんの言った意味ですが、是清の場合、日銀に入行します。日銀の中で出世して日露戦争に資金調達に赴く。

その後1913年。これは国家45年、是清さんは58歳です。不惑を迎えます。孔子さんは40歳で惑わされなくなりますが、是清の場合、日銀を辞めて政友会に入っていきます。結構この期間は長い。

それで1927年に国家が明維維新から60年目、高橋是清72歳の時に天から与えられた使命を知ります。危機の時に大蔵大臣になることを繰り返すことを始めると、是清じいさんを4分割して本書は書いています。

明治維新というのは大きな出来事でした。一般の人にとって、藩の藩境を超えて行くということはなく、峠を越えれば言葉が違うというぐらいでした。明治維新の頃は言葉が全然違っていた。明治維新でいろいろな人が混ざるということ自体がすごいことでした。明治維新は、多様性の世界との出会いがあったと思います。是清が横浜に行った時に、他の藩の人や外国人とも出会います。若い頃にアメリカに行く。全く別の世界と出会い、自分は契約社会の中で奴隷みたいな状態にあったということに気が付きます。

是清の成長の過程は立志編を見ただけでも日本の明治政府の成長と大体一致しています。農商務省に入っても素人ですが特許をやれといわれます。上司も何もいないわけです。未成熟な国家では、若く20代でもチャレンジングな職場に出会えるというのは一つの大きな教訓だと思います。

それから語学です。是清がもし英語ができなければこんな人生は歩んでいません。当時では貴重な技術ですが、今でも英語ができることは非常に重要な技術だと思います。彼からの教訓で引き出すとするのであれば、語学をちゃんとやってみることが一つですね。もう一つ、出世をしたいのであれば、チャレンジングな職場を目指さないといけない。大企業で上が詰まっているところではなかなかできません。

2008年に「昭和恐慌の研究」という本が出ました。リフレ派という安倍さんが首相になった時に始めたアベノミクスは、金融政策だけではなくていろいろなものが花咲いてきていることを述べています。コーポレートガバナンスもそうです。しかし金融政策でいうと、「あの時の是清を見習え。積極的に札を刷ったじゃないか」と。安倍さんもどこかで「輪転機を回して札を刷ればいい」という話をしていましたが、そうではなかったことを言いたかった。

高橋が日銀引き受けしたときも、日銀で引き受けて持ち続けたのではなくて、時期を見て全部市場に売り直していたという事実が書いてありません。それを正確に伝えたいなというのもこの本を書いた一つの意志になります。

我々が高橋是清の人生から何か学べるものがあるのかというと、どうしても高橋は積極財政だった。だから節約とかしないでじゃんじゃんお金を世間にばらまいて景気を良くしようじゃないかというように使われていますが、高橋が言いたかったのはそういうことではありません。高橋の時代は金本位制の名残が残っていた時代ですから、国内に外貨があるかないかが最大の関心事です。それを増やしたくて殖産興業、国際的な競争力を持った工業製品ができるように積極的に投資をしていこうというのが彼の基本スタンスでした。

今景気が悪いからお金をばらまいて良くしよう。今は景気が良くなったから引き締めようというような景気循環的な考えの中で政策を施したわけではないということが結論だと思います。じゃあ是清さんが生きていたら、やはり景気を刺激したんじゃないの?という意見もあるでしょう。

しかしそうではなくて、高橋には前田正名譲りの「根本を考える」という考え方があります。今の日本の根本の問題、学歴の問題やジェンダー問題も相変わらず残っています。これは集約すると人権問題というのが正しいと思います。カスハラにしろ、パワハラにしろ、ジェンダーもそうですし、人権の問題です。

手法の問題もあります。この間冤罪事件が発生しました。有罪率99.9%の手法の問題です。これは全部人権に根差しています。そういう意味で私の結論は、是清から何らかの教訓を得るとするのであれば、ジェンダーも含めて、競争力で劣後しているところを根本的に見つめ直すのがいいのではないのかと思います。だから日本は遅れているのかというと、そういうことではなくて、どこでも多様性が必要だということが教訓なのではないでしょうか。強引な結論ですが、本を書いていて私が考えたのはそういうことです。

講演では、本を書かれた経緯をはじめ、高橋是清の生い立ちから立志編に絞り、魅力溢れる是清の生き方と私たちが学ぶべきことを示唆くださいました。


書評リスト

『国家の命運は金融にあり 高橋是清の生涯』(新潮社 4 月 25 日刊)
①齋藤誠 名古屋大学教授(マクロ経済学) 新潮社『波』5 月号 5 月 6 日
②出口治明 元立命館 APU 学長 週刊新潮 5 月 16 日号
③井堀利宏 政策研究大学院大学特別教授(財政学) 週刊エコノミスト 6 月 14 日
④鎮目雅人 早稲田大学 政治経済学術院教授(日本経済史、金融史、貨幣史) フォーサイト 6月 17 日
⑤平山賢一 東京海上アセットチーフストラテジスト、日本金融学会会員 週刊金融財政事情 6月 21 日
⑥平山周吉 著作家(第 18 回小林秀雄賞、第 26 回司馬遼太郎賞、第 50 回大佛次郎賞) 週刊ポスト 6 月 28 日
⑦小栗誠治 滋賀大学名誉教授(中央銀行論)週刊読書人 7 月 12 日
⑧御厨貴 東京大学名誉教授(政治学)朝日新聞 7 月 13 日
⑨中村宗悦 大東文化大学教授(経済学)産経新聞 7 月 14 日
⑩東洋経済書評班 週刊東洋経済 7 月 27 日号①出口治明 元立命館 APU 学長 週刊新潮 5 月 16 日号


①「金融の世界で身命を賭した是清を描く超大作評伝」https://www.bookbang.jp/review/article/776890
②齋藤誠 名古屋大学教授、マクロ経済学 新潮社『波』5 月号
「自らの失敗の責任をとる人間を描いた第一級の評伝」

(文責FIWA®