【Vol.253】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

物価変動と金融政策の未来


東京海上アセットマネジメント
平山 賢一氏
レポーター:赤堀 薫里

平山 賢一氏 プロフィール
平山氏

東京海上アセットマネジメント株式会社執行役員運用本部長。
1989年横浜市立大学商学部卒業、94年青山学院大学大学院国際政治経済学研究科修士課程修了、2018年埼玉大学大学院人文社会科学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。1989年大和証券投資信託委託入社、97年東京海上火災保険入社を経て、現職。30年超にわたりチーフストラテジスト、チーフファンドマネジャーとして、内外株式や債券等の投資戦略を策定・運用する(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです)
日銀ETF問題 最大株主化の実態とその出口戦略』より


やっとインフレ率は落ち着いてきましたが、今後どうなっていくのかというお話をします。

普通であれば30~50年くらいでインフレ率が上がっていくはずなのに、2000年になってなかなかインフレ率が上がらなかった。その背景は、世の中が変わったということです。情報社会化が急速に進んだのがこの21世紀に入ってからです。有名なトフラーさんが「第三の波」という本を書かれました。トフラーさんは昔から「農耕社会」が「産業社会」になり、「産業社会」が「情報社会」になると言っていました。これは大きなトレンドの変化です。「情報社会」と言ってもゆっくり動くものですから、「産業社会」を抜け出すのに時間がかかった。でもよくよく見てみると、数10年前に言われたトフラーさんの予想がその通りになっているわけです。特に先進国では情報化が進みました。新興国もその動きです。まさに中国・インドは、産業社会からの移行中です。

農耕社会のままでいようとする、技術を使わないですむようにしたいと思う勢力も当然あります。しかし、現在は本格的に先進国と新興国は脱産業化が進んでいます。脱産業化が物価にどのような影響を与えるのか。これが非常に大きなポイントになってきます。物価抑制圧力になるかと思います。なぜか?産業社会はインフラを作るということで工場を作らなくてはいけない。モノの生産性を整備するということは、非常にコストがかかる。資源がかかる。燃料がかかる。

一方で情報社会ではそれほどモノは必要ではなく、データが中心になるため、資源やエネルギーをそんなに使う必要がない。産業社会は、石炭やエネルギーである石油の価格が上昇するときにインフレ率の上昇が起こってくるため、それを分捕り合戦する戦争にリンクするわけです。そうすると情報社会においては、エネルギーを巡る分捕り合戦というのは少し下火になり、むしろソフトデータをどう考えていくのかということになります。その分、エネルギーやマテリアル、資源といったモノの必要性は後退する。従って情報社会では大きなモノを求める必要はなくなってくる。

簡単に言うと我々20代の時は、天気のよい日曜日どこか行くにしても、車がないとデートにも誘えない。今はどうかというと、スマホがないと誘えない。今まではモノの塊である車を買わないといけなかったのが、今はデータ、スマホ一台あればいい。非常にコンパクトになっている。これは脱産業化の大きな象徴ではないのかと思います。その上で最近付け加えなくてはいけないことは、サステナビリティ重視の動きですね。物価に対してどんなインパクトを与えるのか。エネルギーとかそういうものを消費することを抑えよう。まさに社会要因の数十年単位の変化。アンチエネルギーです。例えばESG投資ではエネルギー産業とか、排出が多いので投資をしないというダイベストメントをやっています。これが進んでいくと、モノを消費しなくなるわけですから、インフレに対して、物価抑制要因になります。

エネルギーを使わなくなる。一方で企業の社会的責任が重視される。労働者の賃金を上げるとか、安い賃金で働かせてはいけないという規制も強まる。児童労働、そういったものをなくしていく。トレーサビリティを確保するためにコストをかける。非財務情報の開示のためにコストをかける。このようなサステナビリティ遵守の流れは、CO2削減という意味でいくと、物価の抑制要因になります。しかし、特に社会性というか、ESGのSを大事にしていくときは、物価の上昇要因にもなる。企業の外部性、つまり企業が今まで無視してきたコストを負担しなくてはならないため、この分が物価の上昇要因になるのではないのか。そういった意味ではサステナビリティ重視の流れは両方あります。

これらはどちらが強く出るかによって、インフレ率の影響度が変わります。両方の影響が今あると思います。脱産業化という点からいうと、ソフトウェアデータによる効率化は物価の抑制要因になります。この脱産業化みたいなものは、ある意味5年、10年、20年のタームではなくて100年単位です。文明が変わっていく。数百年単位の変化。超長期のものであるということ。これが近年起こっているので、インフレ率がなかなか上がらないという状況が数十年続いていた。物価の安定時代が続いていた。

これは、脱産業化が本格化してきたので2000年代入ってから中国やインド、いわゆるBRICsの経済の成長によって原油価格が上がる局面はあったけれど、情報化や脱産業化の進展で、なかなか物価の上昇にはつながらなかったというのも、頷けるかもしれません。一方でサスティナビリティは数十年単位の変化ではないでしょうか。そういう意味では社会的要因でいくと、二つ対峙した形の中でどちらかというと物価の抑制要因の方が働きやすい。これはかなり続くと思います。超長期の部分もそうですし、長期の部分の一部分。社会的要因。数百年単位で見ると1970年代のようなオイルショックのようなものは起こりにくいのではないのかという考え方の背景です。

講演では、物価変動について、人口要因と国際関係要因から解説。また、今後金融政策がどのように動いていくのか、また、新しい未来に向けて、ETFの出口戦略への提言をしていただきました。

(文責 FIWA®)

Free Discussion

岡本|通貨というものがどのように変わっていくのか。国家が発行している通貨は、たかだか100年経つかそれくらいの歴史しかない。その前は布や米、金や貴金属であったりと、いろいろな変遷をしてここまで来ています。今はいろいろな代替通貨のようなものが出てきていますが、通貨というものは、これからどのような変化が起こるとお考えですか?

平山|一番大きな課題だと思います。今までは、金や銀のような金属通貨みたいなものが一番多かった。ただ、昔であれば、貝や石、反物とかが通貨として認められていました。通貨は皆が認めるものであれば何でもよかった。金とか銀は、希少性があるのでコインとして使われてきましたが、経済成長が続くと決済するのに足らなくなってしまったため、コインではなくて、金を裏付けとした紙切れにしようとお金を増やしたのがこれまでの歴史だと思います。

何もそんなことをせずに信用だけでいいのではないのか。だから金属を裏付けにした通貨から、中央銀行、もしくは政府の信用を裏付けにした通貨に変わったというのが現状です。ただ、この国が借金ばかり増えてしまったので、信頼できなくなってしまうと、信用をもとにした信用本位通貨、クレジットが信頼できなくなると、通貨として誰も受け取らなくなってしまうという問題があると思います。そこで出てきたのがリブラみたいな、プラットフォーマーが通貨を発行して、『国がいない方が逆にいいのではないの?』となったわけです。通貨発行利益が得られなくなるので、国はそれを認めません。

現状でも信頼できない国がいっぱい出てきています。そういった所の通貨が暴落していくことは十分に有り得るでしょう。どれが支配を握るのかというと、最後は決済できるもの、と、一番原点に戻ると思います。決済とは、その通貨で貸し出しをしてくれるのかどうかということです。何でドルが強くなったのかというと、米銀を中心に世界中に貸し出しをしてきたからです。中央銀行だけでなくて、その通貨をベースにした金融システム、金融機関が存在するかしないのかが一番。そうすると、圧倒的にアメリカが優位なことはまだ続くのか。

もし僕がフェイスブックのトップだったら、リブラによる貸し出しができる銀行をたくさん作って、新興国にどんどん貸し出しますね。世の中の預金の残高を増やしていくことによって作れると思います。それはなかなか今のプラットフォーマーたちはできていない。できるとすると中国。中国がシップスを中心にした決済システムを作ろうとしていますから。これがどう米銀に勝っていくのかというところだと思います。その前にやることは、香港ドルと人民元の統一化。これをやった後にそういうステージに立つのではないのかと思います。そういう意味でいくと、やっぱりアメリカのドルは、強い金融機関というシステムを持っているのかどうかというところがポイントかと思っています。

岡本|ある意味、国の信用をバックに通貨が発行されていますが、通貨の発行量が増えてくると1通貨あたりの信用がどんどん希薄化してきます。希薄化している同士だから何となくバランスがとれているところがありますが、これから少しずつ変わってくるとなると、通貨そのものがキャッシュレスから何らかの形で、今はないような決済手段が出てくる可能性があるのではないかという気がします。

平山|そう思います。今までは通貨はすごく便利でした。みかんとりんごの価値の違いは30円と50円というように3:5という物差しを作ってくれた。でも今は IT革命によって、データをたくさん蓄積できるようになった。ミカン1個作るのとリンゴ1個作るのとでは、実はCO2削減量は逆転しているとかなると、その価値はお金だけでは測れなくなってきます。そういう時代が、例のゴマ信用みたいに、人にお金を貸すときに、誰と友達なのかというところ。つまり経済的価値を違うところで見るようになってきてしまう。データが及ぼすデータ本位通貨間をどうするのかが、これからのミソになってくると思います

岡本|ブロックチェーンかどうかわかりませんが、とにかく売り手と買い手の間の相互信用を結び付けるような、それが汎用して使われるような仕組みが出来てくるとまた全部変わってくるなと思います。すごく面白い時代ではないですかね。

平山|そう思います。「大きな節目を迎えている」、レイ・ダリオというヘッジファンドの総裁はいつもそう言っていますが、そういう時期だと思います。

参加者|日銀のETF売却の件です。どういう状況になったら「ETFをどうしましょう」という話が本格的に議論されるのかというのが、全く想定できません。実際に悪い状況、暴落した時より、良い状況の方が当然良いわけですよね。どんなときに議論が本格化するのかシナリオをお聞かせください。

平山|今から3年ほど前に『日銀ETF問題』という本を書きましたが、完全に既読スルーになっています。論者の中には何人か言われる人がいますが。私も本当かどうかわかりませんが、本を出した次の週の日本銀行内の書店では1位だったそうです(笑)関心は相当ある。本来やるべきなのにやれていない。なぜできないのか。

政権支持率と株価はリンクしやすい。そうすると政権の支持率を大きく左右する大きな内容になりやすいですよね。つまり政権的に安定性が高くないと、議論しにくい。当然、寝た子を起こすことは日本銀行はしないので、議論というのは日本銀行がやるべきですが、恐らくやるとすると新しい資本主義か、もしくは財政諮問会議か、そういうところが発動するしかない。

日銀主導でこの問題を取り上げていくことは難しいのではないのか。かつ私が提案している内容はほぼ財政に近い話になってくるので、日銀だけで単独でできないのではないのかなと思います。その意味では政権支持率が安定していて、それを発動、発言するのは、多分NISA制度が安定化した後の政権側から出る話だと思います。だからなかなか進まないですよね。その前に第2弾を書いてしまおうと思います(笑)

参加者|来年から新NISAが始まるということで、身近なお客様でこれから投資を始めたいという方がたくさんいらっしゃいます。そのときに「これから初めて積立NISAをやりますよ!」という方たちに向けて、もし平山さんが金融商品選びや選ぶ際の留意点とか具体的にアドバイスをされるのであれば、どんなアドバイスをされますか?

平山|非常に関心が高いですよね。大学で教えていると、「オールカントリー8,000円と新興国株2,000円で投資をしようと思いますが先生、どうでしょうかね?」と聞かれます。そうすると「オールカントリーの中に新興国が入っているからね」と返事しています。女子学生は非常に関心が高い。男子学生は「儲かる株を教えてください」としか言ってきません。NISAについては非常にニーズも高まっていますし、証券会社では店頭で「NISAください」という人がいるそうで、私もそれを聞いて笑ってしまいました。それくらい関心が高いので非常に重要だと思います。

金融リテラシーは高くないので、アドバイスをしていく人はしっかりやっていかないと変なものになってしまう。1948年に日本では株式の民主化が行われ、多くの人たちが株式投資をしました。しかし、そこで大暴落がやってきて、「こんなものをやってはいかん」と、みんな貯蓄に流れていきました。そういうことにならないためにも目線を長期にしなくてはいけない。簡単に言うと、これから始める人は、『足もといくら暴落しても全然関係ないですよ』ということを教えていく必要があると思います。

積立はどんどん元本が増えていきます。しかし、最後に大暴落を迎えるとだめなんですね。例えば、3,000万円くらいになって、最後50%下がった場合、1,500万円になってしまいます。ところが最初に積立の時は10万20万なので、大暴落を迎えてもそんなでもない。人間は心理的にこれ以上損すると耐えられないというメンタルラインがあるので、このメンタルラインを、知らず知らずのうちに積立投資をすると超えている可能性があります。だから積立てる商品の内容は別に考えなくてもいいのですが、後の方になってくると、積立てる商品を安定的なものにしておかないと大変なことになる。なぜかというと、メンタルラインを超えたときは、判断を間違えてしまう場合があります。

そう考えると、積立てのスタート段階は、リスクは普通のパッシブファンドでやっていてもいいのですが、将来的に自分のメンタルラインをこれ以上超えてはいけないというものを、自分が投資をする中で決めていきましょう。そして資産が膨らんできたときは、それを基にして、例えば株式のウェート単位を相談していかないといけませんね、というのはいかがでしょうか。

岡本|積立でやっていくと、ある一時点をとってみれば、ものすごく下がっている可能性があるわけです。いつまでにいくら必要だという運用の仕方にはあまり適したものではない。ただ逆に言えば、35年かけて積立てたものを35年かけて取り崩していく運用になってくると、また少し違ってくる。大きいサイクルの中でどのようにそれをとっていくのかということではないのかと思います。今日もありがとうございました。

(文責 FIWA)