【Vol.251】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

金融経済教育が目指すもの日本と世界の金融リテラシー普及の取組み

経営・金融コンサルティング
福岡大学非常勤講師 津曲 眞樹氏
レポーター:赤堀 薫里

津曲氏

津曲 眞樹氏 プロフィール

前金融庁 総合政策局 総合政策課 課長補佐およびOECD-INFE金融教育に関する国際ネットワーク諮問委員。

CFA、CMA,Yale経営大学院MBA。中央信託銀行、年金資金運用研究センター(現年金シニアプラン総合研究機構)客員研究員、世界銀行上席投資担当官、Tsumagari&Co.,Ltd.代表取締役、国際農業開発基金CFO顧問、東海医療科学専門学校顧問、鹿児島市身体障害者福祉協会監事等を経て、2020-2022年、金融庁にて金融教育政策を担当。現在、日本CFA協会アドボカシーコミッティー金融教育WG座長および同協会エシックスチャレンジ審査員。


金融リテラシーとは単に金融に関する知識だけではなくて、それを基にした判断力、行動までを含めた概念です。リテラシーとは、読み書き能力ですが、ただ知識として知っていればいいわけではありません。OECD-INFE(金融教育に関する国際ネットワーク)が10年ちょっと前に定義を出しています。金融に関する健全な意思決定を行い、究極的には個人の良い暮らし(well-being)を達成するために必要な金融に関する意識、知識、技術、態度及び行動の総体。要するに知識というだけではありません。

実際にどのような中身のことを金融庁、あるいは金融広報中央委員会が教えてきたのか。高校生が使っているテキストでは、まず金融リテラシーマップの中の4つのコンポーネントを教えています。

一番大事なことは、最終的にはwell-beingのためですが、最初は家計管理です。家計管理があって、生活設計です。最近はライフプランニングという言葉に置き換えている傾向にあります。それぞれのライフステージの途中で、例えば保険が必要になってきたり、住宅ローンを抱えてきたりという事で、途中で金融商品の選択、金融経済の理解というものがあります。ただ重要なことは、金融リテラシーは金融知識ではないということです。私たちでさえ新たなものが出てくると勉強し直さないといけないし、前々から存在しているものが、実は自分たちが考えているものとは違うものであったケースが存在します。

すべての人たちが知ることは本質的ではないので、必要になった段階で、信頼できる外部知見の活用が分かっていればいいと子供たちには教えます。全部を覚える必要はないわけです。私自身も日本全国の小中学校、高校、大学でも教えてきましたが、ほとんど中身は忘れてよいのです。自分が必要だと思ったときには、信頼できる第三者に聞きなさいと教えます。

金融リテラシーマップの4つの柱を結びつけて、年齢層に応じて体系的に普及を図る方向ですが、全ての金融教育提供者に認識されているわけではない、必ずしも浸透していないというのが実は問題です。実は枠組を作らないといけない。『金融リテラシーは大事なんだ。それを学ぶためにどうしたらいいのか。それを提供するためにはどうすればいいのか』ということを、受け手側も提供者側もしっかり認識できるような環境にしていくというのが一番大事だと思います。

金融リテラシーマップは金融教育を提供する人たちのガイドライン、指針となるような形で作っています。これは日本だけではありません。各国の関連する当局が、その国で金融リテラシー普及をやっていくにあたって、こういう戦略でやっていこうというところを考えているわけです。

投資ももちろん大事ですが、その手前のところ、プラットフォームとしての家計管理、つまり、ライフプランニングが重要です。どうして自分たちが金融商品を売ったり買ったり金融商品を利用していくのか。なぜ金融経済の知識が必要なのか。一人で考えたり、怪しげな人たちの情報を信じるのではなくて、なぜ信頼できる人たちに聞かなくてはいけないのかを考える。ここまでの中心は、学生や子供とかを念頭に置いていました。実はそこのところは心配していません。

逆方向で心配があります。2年くらい前から、成年年齢の引き下げと、主に高校の指導要綱の変更、その前年に中学の指導要綱の変更、その前年が小学校の指導要綱の変更と、1年ごとに指導要綱を少しずつ変えて、金融教育を強化していきました。その情報が流れると、主に金融機関を中心にこれはビジネスチャンスだという話になってしまった。例えば、株式の取引のテクニックを教えるようなものとか。それはそれで面白いのですが。しかし、目的はそこではありません。あくまでもWell-being、個人が幸せになることが重要です。

その中で自分がいろいろ行うコンポネートの一つとして投資があります。これは金融庁にいる間も、大学で教えている間も、投資という一言でひとくくりになっていることで、なかなか誤解が多いです。

私たちが教えるときは、投資とは全体が経済成長をする一つのパワーだということです。会社など理論価格が計算できるものは、ディスカウント・キャッシュフローで計算できるものです。キャッシュフローの成長がある程度推定できるものが投資になってきます。そうではなくてゼロサムゲームの世界は「売ったり買ったり」なので、日々のベースで上がったり下がったりする。これはあくまでも投機です。問題は、マーケット全体に参加していると、手数料もあり、ゼロサムで手数料を考えるとマイナスサムの世界があります。残念ながら若い人を中心に、投資といっても全部一緒くたになっているケースがあります。

講演では現在の日本が置かれている環境・状況について説明。金融リテラシー調査の解説。家計管理とライフプランニングが金融リテラシーの根幹であることや資産所得倍増プランの中での金融経済教育・金融リテラシーマップへの言及。今後の課題をお話くださいました。

(参考:金融リテラシーマップ

Free Discussion

竹中|2000年代になってiDeCoが始まり、NISAが始まって、NISAから新NISAへといよいよ飛躍して、その過程では岸田首相が先走って、みんながびっくりするという一幕もありましたが、新NISAは岸田政権が後世に残す最大の功績ではないかと思います。やはり四半世紀アメリカに遅れている気がしますが、ようやく日本が株式や投資信託を通じた資産形成の環境が始まろうとしている、そういう感じをもっています。

津曲|ちょっと怖いのが、前々からなのですが、NISAを投資商品だと思っている人がまだ多いわけです。かつ、それをうたって詐欺をしている人たちも多いので、そこのところは、正しいリテラシー普及が大事になってくると思います。

金融リテラシーは、今はプラスサイドの話ですが、セットでネガティブ・サイド、詐欺をどう抑えるのかがあります。騙される方は、先輩、知り合いから騙されます。逆に、その中に1人でも知っている人がいたらちゃんと横から言ってくれるというのが大事です。金融庁にいた時も、「中身を覚えなくてもいいけれど、自分が習ったことを少しでもいいから周りにもお話してね。トラブルが起こったときは相談できますよ。」と伝えました。

窓口は消費者庁ですが、それを覚えなくても、短縮ダイヤル188をかけたら、各都道府県の消費者生活センターにつながります。大体ケースを知っていますので、私が先輩から聞いた話は「実は詐欺なんだよ」と言ってもらえる。一番耳を傾けるのは自分のすぐ横にいる人たちなので、なるべくそこを広げていくというのが急がば回れですが。

岡本|逆に、誰でもいいから聞いてしまえばいいということになったときは、非常に危険も大きいですよね。基本に則った、正しいことを伝えてくれる人が周りにいてくれるといいのですが、そこのところはなかなか難しいところですよね。

参加者|お役所からは、かなり距離をおいていますが、金融教育は、自分で自前の草の根金融教育を長年やっています。今、エンジンがかかって国を挙げて始まったということは大変喜ばしいことと思っております。今年は、高校の教科書を見てみようという活動をしています。自分でも社外取締役をやっているので、会社の職域向けというものもちゃんと受講しております。

それで感じることは、高校の家庭科の教科書を見ると、家計管理とライフプランが中心になっています。生命保険は何となく人生のリスク管理という感じで出てくる。資産運用のことはほとんど出てきません。株や債券という言葉が一つもない教科書もあります。公共の教科書は、株式とはこういうものです、債券とはこういうものです。でもそれを金融商品として説明するという発想がない感じです。金融商品という感じではなく、株式とは、債券とはこういうものですという説明になっています。

金融商品を教えましょうということが、ちゃんとリテラシーマップにもあります。何となく金融商品、資産運用というと、そこでイメージされているものが投資信託どまりな感じです。みんな直接株式や債券を買う機会がないだろうから、投資信託さえ知っていればいいという感じに私は見えます。でも、「金融商品について教えてください」といったら、まずは株式と債券を理解しないで投資信託を教えても駄目でしょ、と私は思います。

資産運用をすればどうして価値が増えるのか。それは誰かが価値を創造しているからです。それを教えるには株式がどういう成り立ちで、株式を買うということは何を意味するのかということとか、どうして株式は債券よりリスクが高いのかとか、リスクと、利回りと、金利の関係がどうなっているか。何か今リスクというと、グラフがあって、こっちがリターンで、こっちがリスクで、みたいな、誰かが計算したら勝手に出てくるような感じで教えられています。

でもリスクは、今、何が起こるんだろうとか、5年10年後どうなっているんだろう、そのことがリスクなんだという、生活実感に即したリスクの教え方が全然されていません。そして、そのリスクと金利がすごく関わっているということも全く教えられていません。株式も債券も教えていない状態で金融商品を教えたつもりになっているのは、どうなんだろう?と思います。

金融商品として最も基本的な株式や債券を教えていない状態で、資産運用をしなくてはいけないという、けしかけるような教育に今なってしまっている。その状態で投資詐欺に引っ掛かる若い人が多いのではないのかとさえ私は思います。だから株式や債券を教えるという発想が欠けているというのが一つの不満です。今、みなさん、大学生、高校生、それより若い人に教えることに熱心です。

しかし、普通の大人の人が金融リテラシーのニーズを感じているのにも関わらず学ぶところがない。私は2週間入院していましたが、その時、リハビリの方が、私が金融関係の仕事をしていると言ったら、根掘り葉掘りこんなことを知りたかったと聞いてきました。ものすごいニーズはあるなと感じました。

津曲|なかなか難しいのは、金融庁の代弁をするわけではないですけど、学校の入口は文科省です。私が入る前の段階で成年年齢の引き下げが目に見えていたので、だいぶ前からやっていましたが、指導要綱の改訂は非常に大変な作業らしいです。実は株式と債券についても教えなさいと入っています。教科書を作るのはあくまでも外部の教科書会社です。彼らは指導要綱を見ながらキーワードコンセプトを理解しやすいように教科書を作っていますので、大抵のものは入っています。

ただ問題は、教科書に入ったから、指導要綱に入ったからといって、ちゃんと教えているかといったら教えていない。だから、金融庁が、そのまま先生に使っていただく、先生たちに教えるポイントを見ていただく資料を出しています。そこではちゃんと説明しています。本当だったら、高校が終わるまでの段階でひと通り教える。いわば社会人、成人になって契約もできる、金融商品も売り買いできる、それまでに教えてあげるのがいいのでしょう。

しかし、それは私たちの視点であって、学校自体は、時間ポートフォリオになっていて、削れるところがない状態です。昨年の指導要綱の変更。これは文科省の管轄ですが、文科省の方では、金融は社会システム、社会インフラとしての中の金融というところに軸を置いて教えます。家庭科では自分ごととしての金融というフォーカスでやっています。

最初にみんなが身に付けるであろう四資産について教えましょう。預貯金・債券・株式・投資信託という四つになります。ただ、問題意識としては、実は金融トラブルで一番多いのはFX、非公開株です。本当は直面してくるものは違うものなので、それを一律にこのやり方で全部教えなさいというのは、現実面としては今ではない。だからといってやらない方がいいという訳ではない。私も不満を持っています。

インターナショナルバカロレア、要するにクロスマトリクスで教えるような教育システムがあります。日本でも一部導入されている部分があります。今みたいな科目ベースで教えていると時間が足りなくなり、家庭科の中で金融が削られてしまっています。クロスマトリクス形式で、ある期間のユニットについては、そのテーマですべての科目を教える。

金融というのは、実はそれにフィットしています。金利の計算は算数の例題として使えます。フィロソフィーからなるところは文学のところ、もちろん社会でもそうです。科目間で割り振った形で金融教育をやっていけると非常に学校自体、生徒自体、教育システム自体負荷をかけずにできます。これがまさに抜本的なところになります。日本の教育システムを変えないとできない。今のベースだと多分、高校の段階で金融商品について、かつすべての生徒に理解させるという枠組みが正しいのではないのかと感じている次第です。

岡本|ライフプラン、マネープラン、投資プランということで、非常に広い立場で投   資を、金融と言っている気がします。最近well-beingと言いますが、私は「しあわ せ持ち」と言っています。似たようなものでしょう。ちょっと違ったアプローチがでてきていることは良いと思います。あまり金融、経済というよりも、「ライフの方が大事なんだよ」というそちらの方を強調するべきではないのかなという気がします。今日もありがとうございました。

(文責 FIWA)