【Vol.243】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

2023年、どうなる世界の経済と金融市場~2023年前半は暗雲、後半好天へ

講演:ブーケ・ド・フルーレット代表
馬渕 治好氏
レポーター:赤堀 薫里

馬渕 治好氏プロフィール

馬渕治好氏

主な学歴:
1977年 東京教育大学(現:筑波大学)附属高等学校卒業
1981年 東京大学理学部数学科卒業
1988年 米国マサチューセッツ工科大学経営科学大学院(MIT Sloan School of Management)修士課程修了

主な職歴:
1981年に(旧)日興証券入社。ほとんどの期間、日興グループ各社の調査関連諸部門を歴任。2009年1月より、独立した形で経済・市場分析業務を営んでいる。米国 SGH Macro Advisors 社社外アドバイザー。
http://www.sghmacro.com/

種々の活動:
新聞、雑誌、テレビ、ラジオ、電子ニュース等への登場は、数多い。講演活動も活発に行なっている。著書は、「時事問題とマーケットの深い関係」(2015年、金融財政事情研究会)、「勝率9割の投資セオリーは存在するか」(2016年、東洋経済新報社)、「投資の鉄人」(2017年、日本経済新聞出版社、共著)、「投資のプロはこうして先を読む」(2018年、日本経済新聞出版社)、「コロナ後を生き抜く 通説に惑わされない投資と思考法」(2020年、金融財政事情研究会)。

資格等:
CFA協会認定証券アナリスト(CFA、Chartered Financial Analyst)


循環的な景気や、マーケットのアップダウンということでは、今年の前半は暗雲。株価が下がったり、外貨安円高の方向に動いたりと思っています。今年の後半は好天。株価は上がり始めて、外貨高円安に向かうだろうと想定しています。

なぜ今年の前半株安、外貨安ということが起こるのか。それはアメリカ経済がリセッションに入る可能性が高いと見込んでいるからです。これは利上げを行ってきたからです。インフレを退治するために景気の悪化という犠牲は生じるものの、モノやサービスに対する需要を抑え込んでインフレを退治するという政策をとっているので、ある意味連銀の狙い通りアメリカ経済が悪化すると考えています。

当然業績が悪くなるため株価は下がります。またインフレ率はすぐには下がらないので、年の前半はまだ利上げが追加で行われ、短い方の金利は上がっていきます。しかし、長期金利は長期的な展望で形成されるため、短期金利がもう少し上りながら長期金利が低下する形になると思います。

アメリカは株安。アメリカの長期金利低下、その背景のアメリカ経済の悪化を受けて、米ドル安、円高になります。ヨーロッパでも同様に景気を犠牲にすることをある程度、覚悟したインフレ退治のための利上げが行われています。ユーロやイギリスポンドなどの欧州通貨も対円で安くなると思います。アメリカ経済が悪化して中国も少し減速色を強めています。ヨーロッパ経済も悪くなると世界的に需要が落ちるので、国際商品市況もほぼ全面的に下落をすると見込んでいます。

ただ、金に関しては、株式市場が波乱を起こすと金は基本的、安全資産として買われる傾向にあり、長期金利が相対的に下がってくると金利を生まない金に対する投資が総体的に魅力を増すため、米ドルで測った金の値段は相対的に堅調に推移する、上がる可能性はあると思いますが、米ドル安、円高が生じるため為替面ではそれが相殺してしまい、円建ての金価格が上がるのか?というところは非常に不透明であり、むしろ円建てだと下がるかもしれないなと思っています。

株価が下がるとして、日本やアメリカの株価が昨年の安値を大きく割り込むかというと、割り込んでも小幅、割り込まない可能性が高いと思っています。理由はいくつかあります。一つは、バブルの発生と崩壊ということは考えにくい。金融システム危機といった破局的な状況、危機的な状況にはなりにくいと思っています。また、アメリカは景気が後退すると思っていますが、個人消費が底堅いこともあり、大不況にはなりにくい。軽微な景気後退になると見込んでいます。

景気が悪くなる理由は、利上げによるものであることが明確です。マーケットが混乱する時は、理由が何かわからないことが下振れします。しかし、何が原因なのかはっきりしているので、マーケットがパニックに襲われるということにはなりにくいでしょう。今年の後半は、まだ、インフレ率の低下が十分ではないと思いますが、後半にはだいぶ下がってくると思っています。

連銀がどちらかというと景気を支える方向に舵を切ると思います。現時点で連銀は、今年中に利下げをすることは見込んでいません。実際には再緩和が行われても景気が良くなるわけではないですが、これによって景気が良くなるだろうという見方を先取りして先行して動く株式や長期債の値段は、先に動いてくると思います。それによって外貨も高い方向に向かうと思います。

このような展望から、良い方向に振れるとすると、私が見込んでいるほど景気が悪くならずアメリカ経済が後退までは陥らない。ロシアのウクライナ侵攻がかなり早期に終わり、エネルギー価格の上昇圧力が収まる。もしくはウクライナの復興需要がでるというのが、今お話したメインシナリオよりは株価などが上がりやすい。上がる方向でずれるというリスクです。下向きのリスクは債券市場から生じる混乱が起こるかもしれない。また、中国に関するさまざまなリスクが大きく膨らむというのがメインシナリオよりはもっと悪くなるシナリオだと思います。

最後に今年の日本株は、非常に株価の割安性は強く、企業収益もそんなに悪くないので、日本株はアメリカ株を含めた他の国よりも上がる。上がると言っても相対的にです。年の前半に世界的に株が下がっても、日本の株の下がり方が小さいというかたちで、日本株が相対的にアウトパフォームする可能性があると思っています。

構造的議論になりますが、長期的には日本株はアメリカ株ほど上がらない。アンダーパフォームすると今のところ考えています。私の長期的な日本株の展望は、日本株が他の国の株式よりも上がってくれることが望ましいことではあるが、残念ながらそうならないであろうという見方です。リターンだけではなく、リスクの観点もありますが、国際分散投資が重要です。

講演では、主要市場の見通しと、メインシナリオよりも下向きに行くリスク要因として、債券市場の混乱や中国リスクについての説明。また、興味深い長期的な日本についての懸念要因を解説いただきました。

(文責 FIWA)


参加者|従業員の労働分配率は悪いですよね。

馬渕|労働分配率も悪いですけど、企業はトップラインが稼げないんですよね。つまり、売上総額が伸びないと、配るものも配れない。どうして売上総額が伸びないか。それは、みんなが買ってくれるものが作れない。日本は工場の人はみんな真面目で、品質が良くて欠陥品が少なくて「こういうもの作れない?」と相談すると、中小企業に言えば作ってくれます。現場の足腰はすごいけれど、経営が劣るからすごく優秀な工場で売れないものを作っている。経営がちゃんとしたマーケティングができず、サービス戦略ができていないからだめなんです。アップルの製品は大したことない。技術レベルも大して高くないし中身はスカスカです。でも「アップルの製品でこんな使い方ができて面白いよ」とマーケティングをして非常に売れています。

日本は真面目過ぎるのかもしれません。職人気質がとても強くて「現場でコツコツと良いものさえ作っていれば売れる。金のような汚い話はするべきではない。儲からなくていい。真面目にコツコツと額に汗をして、職人さんとして真面目に働いていればいい」というモノづくり的、職人的マインドセットが日本は強すぎると思います。もっといい加減にハッタリを利かして『すごい、いい商品です!』と図々しく売っていくところが必要だと思います。いい意味での図々しさが足りないと思います。

ハイブリッド車はすごくいいと思います。発電のこともあります。「EVで途上国で電気が通っていないところはどうするんだ」という話もあります。ハイブリッドはすごくいいと思いますが、ヨーロッパは良いか悪いかの議論をしているわけではないです。日本製品を叩き潰して、ヨーロッパの製品を持ち上げようとしているので、理屈が通っていなくても「EVは地球環境にいいけどハイブリッドはだめだ」と、嘘っぱちを言いながら日本を叩いています。そこは、政府が何とかしないとだめですね。政府は日本の産業のために頑張るべきだと思っていますが、ちょっときれい事過ぎる気がします。

また、労働者がもっと高い賃金を要求してもいいんじゃないかという論者の方が結構います。日本人は雇用の安定を目指しているので、首にならない方を優先してしまう。「賃上げだ!ボーナス上げろ!」と言って、会社から出ていくことになるよりは、今の会社で定年まで無事働いて、お金はそこそこでいいですよというのが労働者側にもある。そういう意味でも労働者はおとなし過ぎるのではないのかと思います。

参加者|日本がこれから長期的な成長を取り戻していくためには、どういった分野があり得るのでしょうか?

馬渕|例えば日本で30年後とか先に、基幹産業とされているものがあるとすれば、今、多分、誰も想像していないものだと思います。いろいろな製品やサービス、業種のライフサイクルも早いので、多分考えていないものが出てくると思います。もう少し近未来、向こう5年とか10年でいくと、今、強いものの延長線上です。

日本は製品のBtoBは強いのです。半導体製造装置。部材とか液晶用ガラスだとか、味の素がやっているような半導体の周りにかける樹脂であるとか、半導体の製造に必要なガスであるとか、そういういろいろなもの作りの足腰を支える部分。抵抗器とか、半導体はダメになってしまいましたがコンデンサーとか、他のメーカーを支える足腰になる分野は、日本はとても強い。品質はもともといいし、価格もそれなりだし、そういう産業機械、部品、部材の部分は、当面日本の産業経済を支えていく担い手だろうとは思います。

しかし一番の欠点は、最終需要を握っていないことです。そういう部品とか製造装置を使って作る製品の最後のところは、海外が握っているので、そこが『やめた、他のことをするよ』という場合は、振り回される恐れがありますが、今は強いし、多分10年くらいは大丈夫なのかなと思うので、BtoBの企業は強いんじゃないのかなと思います。

参加者|企業や従業員が悪いということは、すごく合理的に制度に対応しているんですよね。だから甘やかす制度を何とかしなくてはということです。私は企業にFIRE(解雇)する権限を与えなくてはいけないという強い考えを持っています。今は失業を出さないようにすることが雇用政策の中心ですが、それを止めなくてはいけない。どうすればそれを止める方向にもっていけるのかということが大事だと思います。

例えば若い人を雇うことがもっともっと難しくなってきて、どんなに終身雇用を守ろうが若い人が辞めることがしょうがないとか、雇用を守るという制度を守る意味がなくなると企業が思えば変われるかなと。

それが一つあります。金利がやっと上がり始めたので、どんどん高金利を許してしまい、お金を逼迫させるとか。そうするとやたらと政府も助けられなくなるし、企業も背に腹は代えられない状況になったりするのかなと思うのです。ショックを与えることは、私はできれば外交的、地政学的なショックは欲しくないと思っています。何とかして企業がFIREする権限を得るということ。そのためにはどうすればいいのかという話です。

高金利にするというのが一つのショックになり得るかなと思っています。労働分配率が低いという議論があります。それだって業績が悪化したときのリスクを雇用という形で企業が取っているのだから、良くなったときは利益を企業が得るのは当たり前です。アメリカは、労働者も一緒になってリスクを取っているのだから、労働者が潤うことは当たり前です。悪くなったときのリスクを企業に取らせて、良くなったときの分配率を上げろというのは通らないわけです。だから、いったん正社員になったらリスクを取らないで一番得するというこの制度を何とかしないといけない。今だって日本は正社員になっていない人はそんなに得をしていません。そのことがわかっていながら、どうしていつまでも正社員を保護し続けるのかということです。それをやめようという声がどうすれば出てくるのか、それを普段から考えています。

岡本|言換えれば、ゼロ金利、マイナス金利がゾンビ企業を温存していますよ。本来は潰れるものが生き残ってしまって、そこに勤めている人たちも何とかそこにしがみつこうとして、どうやって働かずに給料だけもらえるのかということになってしまっている。給料が低いというのは労働力としての生産性が低いということでもあります。金利が上がっていくということは、その第一歩として私は非常にいいことだと思います。

参加者|企業を甘やかさないということが大事だと思っています。先ほどの金利を上げるというのもそうだと思いますが、ちょっと違う方向から企業を鍛える。今、社会保険の分野で、短時間労働者を小さな会社は保険料負担をしなくてもいいことになっていますが、それを適用拡大ということで、「どんな会社も人を雇うからには社会保険を負担しましょうね」という方向に進もうとしていますが、中小企業は反対しています。

過去、スウェーデンの例をみると、どんな会社にも社会保険料を負担させることによって、社会保険料を払えないような付加価値をきちんと作れない会社の退出を促して、そこから人が付加価値をちゃんと上げられる会社に向かっていったということがありました。いろいろな人に社会保険をきちっと適応させるということは、社会保険上の政策であると同時に、競争政策であるというのは、一般的な議論であると思います。

それを含めて日本はもっと社会保険の観点からも適応拡大を進める。今、第3号の主婦は、パートとかで小さな会社であれば、会社が社会保険料を払わないと同時に自分も厚生年金保険料を払わないで済んでいるので、安い給料でも満足して働いている結果、全体的の給料も下げてしまうという、いろいろな悪いことが起きています。社会保険、社会保障の面からも、競争政策を強くするということも大事だなと思いました。

岡本|いろいろな意味で競争というのがないといけないのだなと思います。ありがとうございました。

(文責 FIWA)