【Vol.240】FIWAマンスリー・セミナー講演より

日本におけるサステナブル投資発展の系譜~SRIからESG投資へ

講演:立教大学21世紀社会デザイン研究科
 特任教授 河口 眞理子氏
レポーター:赤堀 薫里

河口 眞理子氏プロフィール

Kawaguchi

立教大学21世紀社会デザイン研究科 特任教授、 不二製油グループ本社CEO補佐、 アセットマネジメントOneサステナビリティ諮問会議アドバイザー(2021~

1986年 一橋大学大学院修士課程修了、同年大和証券入社。、1994年大和総研に転籍、企業調査部、社会開発情報本部、経営戦略研究部長をへて大和証券グループ本社CSR室長、広報部CSR担当部長を歴任。2011年より大和総研調査本部研究主幹を務める。2020年4月より立教大学特任教授、不二製油グループ本社CEO補佐。

大和総研にて20年以上、サステナビリティの諸課題について、企業の立場(CSR)、投資家の立場(ESG投資)、生活者の立場(エシカル消費)からの取りくみについて調査研究、提言活動を行ってきた。現職ではサステナビリィの教育と、エシカル消費、食品会社のエシカル経営に携わる。現職研究テーマ:CSR全般、ソーシャルファイナンス(ESG投資、インパクト投資など)ソーシャルビジネス、エシカル消費。


日本のサステナブルファイナンスは、3つのフェーズがあると思っています。90年代から2005年までは黎明期、SRIが誕生しました。2005年から2015年、これは定着から準備期間。そして2015年からは離陸ということになりました。

資本主義の再定義がアメリカではすでに起こっています。ビジネス・ラウンドテーブルが定義したのもですが、1997年に企業の目的は株主のため『企業は一義的に株主のために存在すると』と言っていたのものが、2019年には『ステークホルダーのためである』と変ってきている。顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、環境、サステナブルなビジネス。最後に株主に対して長期的な企業価値を提供するという順番に変わってきています。

投資家自身も企業観を変化させています。世界最大の運用会社ブラックロックのラリーフィンク社長が毎年世界中の企業のCEOに対して手紙を出しています。その手紙の中で普通は『収益をちゃんと上げて』という話をするのですが、トーンが変わってきたのは2018年のSense of purpose。『パーパスを持ちなさい。企業が永続的に発展していくためには全ての企業は、優れた業績のみならず、社会にいかに貢献していくのかを示さなければなりません。』と言い切っています。

さらに2022年になると株主に『長期的な価値をもたらすには、企業は全てのステークホルダーのために価値を創造し、また全てのステークホルダーからその価値を認められなければなりません。株主の顔だけ見ていたらいいわけではない。従業員、顧客、地域社会にも顔を向けなければいけません。』ということを言っています。経営者側、投資家側も大きな流れの中では少しずつ意識は変わってきています。一方で環境社会、ガバナンスに着目の中心が移っています。

ESGとお金の関係。基本的に企業活動は、人を雇って、いろいろな資源やエネルギーを使って、社会の仕組みに応じて、いろいろなステークホルダーとの関係の中でガバナンスを利かせて活動をしていたら、最後に出てくるのがお金です。今までの投資は、結果を見てやっていました。『E』『S』を見て投資をしたほうがより長期的なことが分析できるのではないでしょうか。

従来の投資は、ステークホルダーへのリターンの最大化を求めていました。そのためには売り上げを増やし、コストを減らす。売り上げを増やすためであれば「偽装ラベルでもいい!」みたいなことをする人も出てきます。消費者という逆のステークホルダーからしてみると、消費者がたくさんもらうと、それ以外のステークホルダーに支払う部分をなるべく減らすことになる。株主に貢献するために今言われているのが人件費のところです。海外に生産拠点を移せば、それだけ人件費が安くなる。さらに悪くなると、奴隷労働を使う、児童労働を使う。するともっともっと下がるわけです。今まで奴隷労働だろうが児童労働だろうが取引先がそんなことしてもあまり関係ない。納期に合わせて安くできたともらって来ればよかった。そして自己利益、株主利益に上乗せすればよかった。

これから求められるESGとは何か。ステークホルダーにちゃんとお返しをしていますか?児童労働させていませんよね?真っ当な大人に真っ当な賃金払っていますよね。環境に対するコストも払っていますよね。有害化学物質を垂れ流していませんよね?管理しているよね?違法木材を伐採していませんよね?そういったコスト。それを全部世の中にばらまいて、外だしして、自分のコストを軽くして利益を大きくするということができなくなりました。

ステークホルダーにちゃんと喜んでもらい、株主にも喜んでもらう。今までは顧客や、取引先、環境、従業員、地域社会を足蹴にして奪い取り、自己利益さえ上げればいいというのが、全てのステークホルダーが喜べと変わってきたのがESG投資です。その次のステップは、途上国の社会の教育レベルが上がって結果として所得レベルが上がる。子供たちがワクチンを打てるようになり5歳未満の死亡率がぐんと下がったというようなソーシャルインパクトを求める。これらをどう計測していくのか考えるのが、今の時代です。

私は株式会社がなくなるのではないのかなと思っています。今までのビジネスは収益性だけだったのが、CSRが大事、ソーシャルビジネスが大事。NPOは、社会的なことだけを考えていたのが非常に非効率だとビジネス化している。だんだん収益性に寄ってきている。投資も儲けることばかり考えていたのが、社会のためにと、だんだん社会性に寄ってきている。寄付も赤い羽根みたいな感じで、あげてしまえばおしまいだったのが、今や、マイクロファイナンスやクラウドファイナンスとか、いろいろ戦略的に「いいね」と思うところにクラウドファンディングで寄付をする。戦略性がなく、ただ利益を上げているみたいなところにはお金がいかない。だんだんこれらがすり寄ってきて、結果として新しい体系が出来上がるのではないかと思っています。 講演では、サステナブル投資をグローバルな歴史からひもとき解説。SRIからESG投資への変遷を、世界の動向と比較しながら日本の発展と現状を解説いただきました。(文責 FIWA®

フリーディスカッショ

岡本|1980年代の始めに、私はニューヨークで投資家向けのアナリストの仕事をしていました。ある日、大きな年金基金から電話がかかってきて、『日本の銘柄を20~30持っている。この中で、南アフリカでビジネスをしている企業を探してくれ』と言われました。当時は、どうしてそんなことを聞くのかよくわからなかった。聞いてみたら『アパルトヘイト政策をとっているような国で仕事をしている企業の株式を持つのは受託者責任上の問題があるし、そういう銘柄は売りたいんだ』と言われました。非常に衝撃的だったのでよく覚えています。

当時、受験のために勉強をしていたCFAの科目の中でも、「利益金額よりも利益の質」ということを重視していました。日本へ帰ってきたら、利益より質、どころか利益の数値すらあまり考えず、ともかく株価が上がるか下がるかということで全てが決まってしまう、そんなことに驚いたのを覚えています。

ただ、質ということについていえば、今でもあまり改善しているとも思えない気がします。いわゆる証券アナリストのスタンスとしてね。経営陣の中に株式会社がどういうものなのかほとんど分かっていない人が、かなり多くいる。『従業員と自分たちは違うんだ!』という意識が感じられます。しかし彼らも従業員なわけです。経営という仕事を担当している従業員です。株主のお金が集まって組成された企業というもので雇用されているのが社長であり、一般社員であり、臨時職員であり、全ての人が従業員です。そういう発想というのが全然ない。今は少し改善されてきているのではないかと思いますけど、やっぱり大きな問題がすごくあると思います。

河口|『株主がいる前に俺たちはいたぜ!』ぐらいの感じじゃないですかね(笑)

参加者|株主の権利に関しては、株主の権利ばかりを重視してはいけないだろうという流れで、ESGの流れが強まっているというのは、世界的にはそうだと思いますが、日本は周回遅れで、株主のための経営をしなくては、と言い出したのは、アベノミクスぐらいからだと思います。それまでは、ROEもすごく低くて、あれを言い出してやっと株主のための経営が軌道に乗ったところで日本は完全に周回遅れですね。私の考えは金融資本というのも、ある意味、希少な資源であって、それを少しでも効率よく生かして世界の貧困をなくそうという意味では、株主のためというか、資本を効率的に生かす株式会社の経営というのは、ESGの時代でも否定されるものではないと思っています。

河口|ESGが生産性を下げるという話ではないんですよね。誰にどう分配するのかという話ですので。株主に返さなくてはいけないという話もありますが、おっしゃるとおり、日本のROEは低かったけどね、ESGに分配したからROEが低いわけでは全然なくて、ESGの分配ないじゃん!それでかつ低いじゃん!という、最低最悪のパターンだったので、どっちもやらなくてはいけない。ある意味、生産性も上げるし、生産性を上げるというところで今まではEとSとGを阻害して、どうにか無理やり上げていたわけです。苦し紛れで人件費を節約するみたいなことしかやってこなかったので、そこはちゃんとやったうえで、別のところで生産性を上げる。付加価値を上げるようなことを考えていかなくてはいけないんだけど、難しいではないですか。

岡本|ESGを守るということは当たり前のことであって、でも企業が存続していくうえのベースですよ。そこを前提にどうトータルで見た収益性を上げていくのかということ。Eにしろ、Sにしろ、Gにしろ、それらを無視して利益だけを上げるというのは、これはおかしいです。いずれにしたって。やはりEもSもGもきちんと守ったうえで利益をどう上げていくのか、これが企業のあり方だと私は思いますよね。

河口|どうしてESGがこのように広がっているのか、需要されるようになったのかは、地球環境が危機的な状況にあるからということです。人類が存亡の危機にあるということを前から言っていますが、やっとみんなが肌感覚で分かるくらい、ひどいレベルになってきた。口に出さないまでもやっと理解しているから、「やっぱりやんなきゃいけない」となった。ヨーロッパは環境問題では戦略的に先行していますが、本当にそういう話をしています。

今のままでは、数年でこんな暮らしができなくなる。飢餓状態もくるだろうし、データを見たら人類は生きていけない。例えば、地上にいる哺乳類のうち、重量比率66%が家畜なんです。人間が30%。野生動物は4%。今世紀に入って、25%のセキツイ動物が全滅してしまった。これだけ『CO₂を削減しないといけない』と言っているので減っていると思っているかもしれませんが、全く減っていません。ずっと増えています。97年京都議定書で『減らそうね』と、みんな言っていたけれど、『冗談じゃないよ』という感じで増えている。『何やっていたの?』とグレタさんが怒るわけですよ。そういった環境問題と人権問題がくっついて、飢餓の人が8億人います。それが気候変動で食べるものがさらになくなり悪化している。そういうところに対しての危機感があるのでやらざるを得ない。『いいことやっています!』という話だとそんなに広まらない。

参加者|ESG投資信託に関して率直に言って、実際に私は『E』と『S』に関しては必要だと思いますが、ファンドを設計されていて、これがアクティブファンドとしていいパフォーマンスが生まれるのかな?インデックスがここ10年20年潮流の中で、アクティブファンドは手数料が高いということが散々言われています。でも会社として収益を上げないといけないから、ファンドを作ってESG投信をしろといろいろ言われていましたけど、『ESGのファンドはインデックスを上回れるのかな?』というのはどんな感じで考えていらっしゃいましたか。

河口|やはりどういうタームで見るかという話と、一つのトレンドとしては、アクティブファンドとESGだけではなくて、インデックスとESGを買いましょうというようになっています。GPIFは、いくつかESGのインデックスファンドをMSCIやFTSEとかに作らせて、それで運用をしています。みんなアクティブだけではいけないし、アクティブはコストも掛かる。短期で利益が出るのかというと、長期で持って、やっと利益が出るよという話でもあります。

一方で、インデックスファンドでESGを組み込んでいく。ESGのインデックスファンドに入るような評価される企業にならなくてはいけないね、というのが企業の目的の一つになっている部分があると思います。ESGの中身も状況に応じて変わります。5年前はマイクロプラスチックなんてみんな知らなかったけれど、そういう話題が出てきたとか、生物対応性が今どれだけ危機的状態にあるのか今後出てくるし、生物対応性の問題は個別銘柄に効いてくるわけです。『どこそこの何とかの植物がないとこれができないじゃん!』みたいなね。CO₂は全世界全員一緒だから『個別企業でどうするの?』という話ですが、生物対応性は、『味の素はカツオがいなくなったらできないよね?』というところでダイレクトに効いてくるため、これから個別銘柄で考えるとすごく効いてくる話になります。長期で銘柄をピックする際には重要な要素になると思います。これから銘柄ピックする際に、『これはすごくいいものを作っている。でもさ、それ絶滅危惧種なんだよね?作れなくなってしまうこと知ってた?』と、知っているか知っていないのかが非常に大きく効いてきます。

岡本|そうですね。また巨額の資金を抱えるインデックス運用者も企業活動がまっとうなものかどうか、ガバナンスを効かせてインデックスファンド全体の利益の質を大手インデックス運用期間が一体となって行うことも大切でしょう。今日は本当にありがとうございました。(文責 FIWA®