【Vol.271】今月のひとこと

今月のひとこと

川柳の楽しみ

FIWA みんなのお金のアドバイザー協会® 会長 岡本和久 OkamotoKT


私の祖父は松山の出身で正岡子規さんのグループにも参加していたようです。また、母も俳句を趣味としていました。そのような影響もあり私も俳句に接することは多かったのです。しかし、どうも私にはもっと気楽な川柳の方が向いていると思い通信教育で「川柳」を学び始めました。時代はバブルの真っ最中でした。

川柳はもともと五・七・五と七・七を鎖のように交互につなげてゆく連歌や俳諧から発達したものです。この鎖の後半、七・七につける句から独立したのが川柳です。例えば七・七の前句が「切りたくもあり 切りたくもなし」に対して有名な古川柳、「ぬす人をとらへてみればわが子なり」という句できたわけです。

この前句付は17世紀末から広まり18世紀には大流行、全国大会では何万人という人々が書状で参加したそうです。その選者としてもっとも有名だったのが柄井川柳という人だったことからこの前句付が「川柳」と呼ばれるようになりました。

しかし、川柳の死後、句の内容が低俗な言葉の遊びになり「狂句」へと堕落してゆきました。明治後半になり阪井久良岐、井上剣花坊といった人々が新聞の力を借りて革命を起こし狂句追放運動が行われました。大正時代には六大大家と呼ばれる人々が現れ川柳に「詩」を求める現代川柳の基盤が築かれました。

ところでよく川柳と俳句ってどう違うのですかと聞かれます。ごく一般的に川柳は主として人間生活を、俳句は花鳥風月など自然を描写します。用いる言葉は川柳が口語体中心なのに対し俳句は文語体が多いと言えます。また、俳句は季語を入れて季節感を持たせるのが普通ですが川柳は特にそのような約束事はありません。俳句で使う切れ字(や、かな、けり等)は普通、川柳では使いません。

川柳には三つの要素があるといいます。それらは穿ち(うがち)、軽味、滑稽味です。穿ちはピリッとした、「そう、その通り」という感じ、軽味はさらりとしていて平淡であること、滑稽味はペーソスのあるユーモアです。私の好きな名人の句を以下に紹介します。

  • この先を 考えている 豆の蔓 (吉川雉子郎)「宮本武蔵」の吉川英治は小説家になる前は川柳家でした。川柳家でいようか、小説家になろうか迷っていたのかも知れません
  • 絶頂で 天下の見えぬ 霧の海 (井上剣花坊)当時の軍部の暴走でしょうか
  • 国境を 知らぬ草の実 こぼれ合い (井上信子)女性らしい反戦句です
  • 一人去り 二人去り 仏と二人 (井上信子)ご主人の井上剣花坊が亡くなった時の句
  • 酒とろり おもむろに世は はなれゆく(川上三太郎)わかるんですよね、この感じ
  • 俺に似よ 俺に似るなと 子を思い (麻生路郎)この人はこの句を作るために生まれてきたとまでいわれている句です

日本の戦時中に反戦川柳家がいました。鶴彬(つるあきら)という人です。強烈な川柳を遺して特高に逮捕され拷問の末、29歳で獄死しています。

  • 凶作を 救えぬ仏を 売り残している
  • 塹壕で 読む妹を 売る手紙
  • タマ除けを 産めよ殖やせよ 勲章をやろう
  • 胎内の 動きを知るころ 骨がつき
  • 手と足を もいだ丸太に してかへし
  • 万歳と あげていった手を 大陸へおいてきた

川柳というと何かふざけた、お笑い的なものと思われがちですが、このような川柳は本当に人の心を打ちます。世の中が物騒になってきている今日、川柳を少し紹介させてもらいました

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