【Vol.254】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

長期投資家からみた新しい尺度

コモンズ投信株式会社
代表取締役社長 兼 最高運用責任者
伊井 哲朗氏
レポーター:赤堀 薫里

伊井 哲朗氏 プロフィール
伊井哲朗氏

山一證券入社後、主に営業企画部に在籍し営業戦略を担当。その後、メリルリンチ日本証券(現三菱UFJモルガン・スタンレー証券)の設立に参画し約10年在籍。コモンズ投信創業と共に現職。2012年7月から最高運用責任者兼務。同社は、骨太な長期投資家として特色がありコモンズ30ファンドは、アワード受賞多数、つみたてNISA対象ファンドにもなる。上場株のインパクトファンドも手掛ける。BSテレビ東京「日経プラス9」レギュラーコメンテーターを務めるなどメディア出演多数。


長期投資家からみた新しい投資尺度は、この15年間時代とともにだいぶ変わってきました。これまでのリスクとリターンの最適な組み合わせを考えるといった投資の世界から、リスクとリターンにプラスして社会的なリターンを考えるという3つ目の新しい投資の軸が出てきています。

温暖化問題に代表される環境問題、SDGsに対する取り組みは、従来は政府や国際機関、あるいはNGOといったセクターが取り組んでいました。しかしこれは、すべての企業や人類が一緒に取り組まないと解決できないので、金融も企業も含めて取り組みをする。その取り組みに対してどのように企業価値として評価するのかが、新しい投資尺度になってきていると思います。

ここで、「インデックス投資はいい投資か?」という問いに対して、インデックスがいいのかアクティブがいいのかという議論はORではなくてANDの話だとずっと思っています。アクティブファンドが、しっかり目利きをして企業の価値を株価としてつけていくということがあって初めてインデックス投資のパフォーマンスも上がります。つまりどちらも実は大事なのです。インデックス投資の時に、一つの問いを立てた上で、それでも自分はインデックスがいいということであれば、インデックス投資がいいのではないかなと思っています。

SDGsは、国連で採択されたさまざまな地球環境を含めた課題を解決していこうと目標が定められています。しかし、それに対する金融機関の取り組みは、ESG的な投資、あるいはサステナブルファイナンス、インパクトファイナンスといったような形で間接金融、直接金融含めてそういったものを考慮しようとなってきています。

ESGと言ったときに、投資家がどのように捉えるのか。いわゆる株価だけで判断をする。昨日すごく株価下がったので、2、3日しか経っていないけど売ろうかという投資家からすると、ESGは全く要素として投資の観点に入ってきません。主には、もうすぐ発表になる四半期の財務データが決算の時にどれぐらい跳ねるのか、跳ねないのかというようなところに関心が高くなります。

我々のように30年目線で投資をする場合は、このような社会課題もしっかり考慮したビジネスをやっているのかどうかが、長期で持続的な企業価値を高めていくと考えています。そのため、別にESGファンドということではなく、長期投資家はこの非財務のESGの情報を自ずと尺度に取り入れた企業価値の判断をしていると思います。

投資の世界では、インベストメントという投資をする部分と、特にESG投資家はダイベストメントといったものを決めるケースが非常に多い。ダイベストメントの事例として、CO2を出しまくるところや、武器の製造をする企業、タバコの製造、人権問題があるといったところには投資をしません、ということを最初に決めることが実は多いのです。

例えば日本の公的年金に次ぐ規模のノルウェーの公的年金は、既に2015年から石炭関連の株式はすべて売却する方針ということになっていました。

また、日本のビール会社のキリンビールを傘下に持つキリンホールディングスさんが、ミャンマーの地元の企業と合弁で会社を作りました。しかし、ミャンマーでクーデターが起こり、実はキリンビールが一緒にジョイントベンチャーで作った合弁会社が軍事政権に非常に近い企業だったということがわかりました。ノルウェーの公的年金からは、『このままだったら、キリンビールのキリンホールディングの株は売るかもしれませんよ』と警告が出ました。

キリンホールディングスでは、かなりいろんな議論があったと思いますが、結果的にミャンマーから撤退することが発表になり、実行されています。

「誰が株主なのか?」は、その時代ごとに株式市場に反映します。このような投資家が増えてくることで企業は要求されるので、企業側が十分考慮した上で対応していくことになります。

オランダの年金も同じようにCO2の排出、実質総量としてはゼロにしていきます。ブラックロックも同じようなスタンスです。フランスの運用会社も、CO2含めて武器の製造や、煙草に関する会社も投資対象としません、ということを発表しています。ただし、こういった投資もなかなか難しいところがあります。

ロシアがウクライナに侵攻した時に、先進国はロシアに対して経済制裁を行うということで、政府と企業もそれに準ずることになりましたが、「ロシアで働いている従業員たちはすぐ解雇しないといけないのか?」ということが企業側に突きつけられました。

そういった意味ではESG的な判断は、金融機関側も難しいところがあります。新しい投資の基準として、今、コモンズでは「自分にも社会にもいい投資」という言い方をしています。長期で考えた投資をずっとやってきているので、ESG的なところももちろん取り入れていますし、機関投資家関係ですがインパクト投資も始めています。

こういった投資を通じて社会課題を少しでも減らしていくことに力を入れています。それでも経済的なリターンとは全く結びつかない社会課題については寄付でしか対応ができないので、長期投資から始まって寄付までを一気通貫で行うということをしながら、自分にとっても、家族にとっても、社会にとっても、いい投資という流れをしっかり幹を太くしていきたいと我々は思っています。

講演では30年目線の長期投資をしようと15年前に創業されたコモンズ投信のミッションや、寄付を通じて社会課題を解決するプログラムについて、また、新しい投資尺度を取り入れる重要性など、コモンズ投信の世界観をお話しいただきました。

(文責 FIWA®)

Free Discussion

岩城|従業員のエンゲージメントの一つの重要な要素であり、資産所得倍増プランの第4の柱に、雇用者に対する資産形成の強化がありますので、質問させてください。

この背景には、少子高齢化による老齢年金の所得代替率の低下があり、企業年金の重要性がますます増していくということがあると思います。金融事業者の改革や努力は必須ですが、企業も従業員に対してこの資産運用、資産形成の支援や、その運用担当者のスキル向上などを積極的に行っていくことで従業員の経済的自由を実現するという社会的責任を果たしていくべきだと思っています。

しかし、大企業であっても、このような意識を持っているところがすごく少ないように感じますし、非常に保守的な印象を持っています。保守的とは、例えば確定給付年金でいう目標とする利回りが低いというだけでなく、コストが非公開だったり、投資教育や、運用担当者の知識が不足しているため金融機関に丸投げをしていることです。日米の法律の差もあると思いますが、アメリカはもっと本気で資産運用力の向上に取り組んでいると思います。

伊井さんはいろいろ企業の経営者の方とも対話をされているので、そのあたりでお感じになられることと、伊井さんご自身がどのように考えていらっしゃるか、伺いたいです。

伊井|今すごく大事な論点の一つです。まず、人的資本開示みたいな話も、実はコモンズがだいぶ前から言っています。コモンズを始め、長期投資をするときに日本の優れた企業に行くと、従業員数は開示されていますが、年代別や男女別について答えられる企業が15年前はほぼありませんでした。

今、出ている成績だけ見るのであれば、あまり関係ないかもしれません。例えば、同じ業種で同じぐらい利益を出していても、平均年齢が50歳ぐらいという会社と、30代前半という会社であれば、長期投資の会社からしたら平均年齢が30代前半の方に投資したくなります。その会社の人口ピラミッドによって人件費も変わってきます。そういったことが全く開示されてなかったので、開示してくれという話をしてきました。

今回の新しい資本主義実現会議や、渋澤の入っているグローバルなコミュニティでも、ヨーロッパの会社も、環境の話はすごくしますが、人的資本開示みたいな話は全然されてこなかった。それについてはだいぶ機会を通じて言ってきたのもあり、我々も少し貢献できたなと思っている、というのがベースに一つあります。進んでいる会社は残業時間が一人頭どうなっているとか、歴年で見ていたらどれくらい減ってきているのか。内部通報の件数や離職率と、復帰率。そういったことまでディスクローズをする。そうすると、だいぶ分かってきます。

それは人事の中身を見たいということではなくて、2030年、2040年に自分たちはこういう会社になりたい!ということを表明する企業が増えてきています。しかし、そこに行くためのボードメンバーは、今後どういったスキルセットを持っている人たちが必要になるのか。また、そこに行くための従業員の教育は、どのようにしているのか。どこから人を集めているのか?というようなことを我々は知りたい。そのために開示をしてほしいという話をしています。

一方で、NISAが始まってから、私に中小企業で勉強会をしてくれという依頼がパラパラありました。上場をしていない中小企業ですが、従業員はそれなりにいらっしゃいます。今、賃金をすごく上げていくことは難しいかもしれないのですが、金融教育をして、自分で資産形成ができるということが、人材獲得のためにすごく大事なことだと思っています。社長個人もNISAをやっています。NISAやiDeCoをどうやったらいいのか社員向けに説明を希望する経営者はいらっしゃいます。従業員のことをすごく思っている経営者が広がらないといけないと思います。

ただ大企業は、例えばDBでいうと、人事部からほぼ定年になる人がでてきて、金融のことが何もわからないので丸投げをする。その結果、ひどい外資系の証券にデリバティブまで全部やらされて、ひどいことになったケースをいっぱい見てきました。大事な従業員の年金のお金であるDBやDCの運用。

DCは、14年ちょっと前に広く企業に広がっていく中で、友人から何を選んだらよいのか見てくれと言われました。相談を受けるたびに赤色の企業グループの人たちは赤色の商品がたくさん並び、青色の銀行のグループのところは青色の商品がずっと並んでいる。今どき、こんなのあり得ないでしょ?というそんな状況です。最近でもiDeCoやネット証券で手数料率を見ると数ベーシスになっているのに、高い10何ベーシスぐらいのインデックスが普通に並んでいるわけです。そこに対しては「企業の経営者が従業員から説明を求められたときに説明できるんですか?従業員のウェルビーングみたいなことを言って、それは説明できませんよね。そこはちゃんとやりましょう」という議論もだいぶしてきました。

しかし金融庁は金融機関にしか対応できないため、官邸の中にもう一個ワーキンググループ作り、ここがアセットオーナーをしっかり改善していくというような建て付けに今回はなっています。そういう意味では今回だいぶ進むところはありますし、岩城さんがおっしゃっていたようなところの課題は100点の回答はないと思いますけど、以前よりはだいぶ良くなるかな、と思いますね。

参加者|今年、コモンズ投信さんが開始して15年目ということで、ちょうど30年ということを一つのメルクマールにされているということですが、これまでの15年を振り返って、というところと、これからの15年に向けて何かイメージがあれば教えていただきたいなと思います。

伊井|金融庁の方々は担当者が変わるたびに、「レオスさんやセゾンさん、鎌倉さんやコモンズを含めて起業された後、なかなか次が出てきません。どうしてですか?」と聞きにきます。みんな10年間の赤字を経験しています。既存の金融機関でそれなりに年収をもらっている人が10年間赤字の経営にチャレンジする。あるいは10年間赤字の組織を経営する胆力。そこに本気で行こうという人は普通いません。

僕ら変わってる人だと思います。私も山一証券に会社破綻するまでいましたが、起業してみて、やはりお金、投資に対する信頼は、1年や2年じゃできないということがよく分かりました。本当に一定程度、お金を託してもいいかなと思えるには、10年ぐらいかかります。お金は、信用が商売なんだということが、5年、6~7年経過した時に改めて実感しました。

僕や、渋澤は割と業界に友人が多い方ですが、当時みんな最初は応援したいと言ってくれました。日本株の長期投資をやるといったら、「日本株で長期はちょっと無理じゃない?」と。当時、日経平均8,000円ぐらいで始まっていますが、著名なストラテジストの人たちも日経平均5,000円はあるよ!という中で、「コモンズは応援したいけど、ファンド買うのはちょっとしばらくいいわ」と言います。ストラテジストは、「下がったらすぐ買う」と言って、口座はすぐ作ってくれました。でも未だに買ってないので、長期投資に対する理解が当時はほとんどなかったですね。

今は一定程度分かる人は分かっていただけていると思います。一方で企業側からも、今、そこは信頼を得ていると思っています。企業側が新しく統合報告書や中期計画を出すときに、本当に著名な経営者の方々から、最初にコモンズでレビューをしてほしい、フィードバックしてほしいとか、何かあったときに企業側から相談があることがすごく増えています。そこは10年、15年投資を続けてきている日本では本当に数少ない運用会社だと思っているので、手応えはやはり15年経ったらすごくあります。

これから15年先を言うと、運用の世界は、インデックスファンドは別ですけれど、アクティブファンドはもともと量を追求するのではなくて質を追求することが本来です。ある意味、匠の世界です。ですから、クオリティを常に追求する中で、いかにその価値を多くの方に提供できるのかということを、これからも考えていきたいと思っています。また長期投資家ならではの情報発信ができたら、それはソーシャルのことを含めて長期投資家じゃないと説得力もないので、そういったことをこれからも頑張っていきたいと思っています。

岡本|やはりこれから本当に必要なのは、いいアクティブなファンドのいいパフォーマンスです。このファンドは、パフォーマンスが非常にいいから、フィーも高いということが通るようにしていかないといけない。しかし、どちらかというと、今は、やはり残高にまず目が行ってしまい、残高イコール収入になっています。そうではなくて、フィーを上げても耐えられるぐらいのいいパフォーマンスを上げるファンドが、これからすごく大事になってくると思います。

もう一つ、インデックスもアクティブもいずれにしてもESGやSDGsというのはすごく大きな課題になってきています。ボーグルさんの講演を私が直接聞いた時に、ボーグルさんは、「常々インデックス運用もコーポレートガバナンスの役割を果たすべきだ 」と言っていました。その時のお話を一部、紹介しましょう。「昔ながらの『気に入らなければ売ればいい』というウォールストリートルールは、インデックスには当てはまらないのです。インデックスファンドは株式を売却できません。経営陣が気に入らなければ経営陣を変えなければならない。インデックス運用者はこの問題にかなり真剣に取り組んできています。一晩で変化は起こりません。多くの課題があります。バンガードでは現在30名のアナリストがいます。我々は会社を経営しようとは思っていません。株主の利益になるように、企業を経営してもらいたいのです。経営者の利益のためになるようにではないのです。これが目標です。いずれにしてもインデックス運用者のコーポレートガバナンスへの参画が増えるのは不可避だと思います。コストですが、バンガードの場合は年間約50億ドルぐらい掛かっています。しかし、これは投資家として社会に対する義務であると考えています」と言っているのです。

結局、私はアクティブでもインデックスでもそれぞれの立場によってアプローチは違うかもしれないけど、株主として企業を良くしていく。それを通じて社会を良くしていくという責任は持っていると思います。インデックスだからそれは一切無視して、安ければいいという論調になっていますが、それは少し違うんじゃないかなと思います。インデックスもアクティブも、ともにいい社会を作っていくという責務を負っているということです。今日は内容の濃い良いお話をたくさんお伺いできてよかったです。どうもありがとうございました。

(文責 FIWA)