【Vol.244】FIWAマンスリー・セミナ講演より(講演1)

超高齢社会における資産形成と資産活用

講演:合同会社フィンウェル研究所代表
野尻 哲史氏
レポーター:赤堀 薫里

野尻 哲史氏 プロフィール

野尻

国内外証券会社調査部を経て2006年から外資系運用会社で投資啓発活動に従事。2019年5月に合同会社フィンウェル研究所を設立し代表に。退職後のお金との向き合い方を資産運用だけでなく勤労・移住など多方面から分析する。日本証券アナリスト協会検定会員、行動経済学会等の会員の他、2019年より金融審議会市場ワーキンググループ、2022年9月より同顧客本位タスクフォースの委員も務める。「IFAとは何者か」(金融財政事情研究会)など著書多数。

超々高齢化社会の時代では、山登りである資産形成と山下りである資産活用を比較すると、資産活用は取崩しに伴うさまざまな大変な作業がでてきます。

最近、資産形成と資産運用がごっちゃで使われていることが多い。私は資産形成や資産活用は、目標・目的であって、資産運用とは、そのためのツールだと思っています。

手段と目的をごっちゃにしてしまうと、相変わらず『資産形成のリスクは? 』と言って、リスクリターンのリスクを説明することが、平気で起きています。これは避けてほしい。

NISAの概要を資産形成と資産活用に分けてみると、イギリスでは、資産活用に対してのシフトが進んでいます。ISAの特徴を少しお話します。特にスイッチングが自由にできる。株式型から貯蓄型への資金移動などです。スイッチングは、最初の段階から可能でしたが、時間が経つにつれて株式型から貯蓄型への資金移動、持っている資産の保守化を認めています。相続ISAとは、ご夫婦の中で、先に亡くなった方のISAの残高を残された方に上手に移していくためのアイデアです。相続に際し夫婦間の個別の口座を夫婦として利用できるようにする。こんなアイデアを次々にアドオンしていきました。

日本の場合、どちらかというと、資産形成層向けの仕組みになっています。次の段階こそNISAは資産活用層にもう少し優しくなってほしいと思います。全国家計構造調査の年代別の貯蓄現在高は、個人金融資産とはイコールではないですが、ほぼそれに近い数字だということで分析をしています。

貯蓄現在高のうち60歳以上が占めるシェアは63.5%。3分の2が60歳以上の高齢者が保有しているという意味では、整合的なデータでした。驚いたことは、39歳以下の場合、その10分の1である6.2%でした。それぞれの年代の貯蓄の現在高全体を100にした時の商品別の構成比の中で、60歳以上の投資信託は5.7%ですが、39歳以下は2.8%と半分です。全体で10分の1、それが、投信の保有比率で半分ということは、39歳以下のところが1とすると、60歳以上ところは20の力を持っていることになります。

現役層への『資産形成を頑張る!』というメッセージは大変良いと思いますが、高齢層の有価証券を売却する流れ、投資から貯蓄へという流れを抑制しておかないと、20倍の力で売ってきます。個人金融資産に占める有価証券の比率は上がってこないのではないのかという危具を持っています。

実際、制度的にも現金化する流れはたくさんあります。例えば退職の時、今はDCで資産形成される方がだんだん増えてきています。しかし退職所得控除を使って売却、一時引き出しをしようとすると、これを現金化しなければいけない。もし制度を上手に変えて、売却しないで持っている有価証券をそのまま課税口座にロールオーバーできるようにしたら、かなり現金化の比率は減るのではないかと思います。

同様に、認知判断能力が低下をして、一生懸命、成年後見制度を使いましょうと言われますが、これをやると、家庭裁判所の指導もあって、ほぼほぼ成年後見人は現金化をします。これもかなり大きい金額になります。

市場ワーキンググループの時に、ある民間企業の研究所の報告書で、2030年の認知症患者が保有する有価証券の総額は215兆円という数字が発表されました。とてつもなく大きな金額が売却という形になる。アメリカにはプルーデント・インベスター・ルールがあり、成年後見人もポートフォリオで資産のコントロールをすべきだとなっています。日本でもこのような方法が必要なのではないかと思っています。また、相続時の有価証券の評価についても、もう少し平仄を合わせるアイデアもあるのではないのか。

このような制度的なアプローチが1つ大事なポイントである一方、取り崩しに対する考え方の普及がもう少し必要になってくるでしょう。取り崩しのコンセプトは、資産形成の山登りと資産活用の山下りと大きく色分けして説明をしています。山下りの使うだけの時代は、退職をしたら現金化をして、それを取り崩していくという昭和的な発想が非常に強く残っている。これが65歳なのか、もうちょっと後なのかは別にして、運用は現役の仕事というように考えるので、多くの方が今でも、『退職の時点で、リーマンショックみたいなものが起きたらどうしたらいいんですか?』と言います。それは、ある時点で全額を売却するという発想があるからだと思います。

資産形成である山登りと資産活用である山下りの間を分ける。つまりステージを3つに分けます。真ん中は、運用を続けるけれど、その運用資産から上手に取り崩していきます。使いながら運用する時代を入れて、ここをずっと資産運用をしていきたいと考えています。もちろん一生涯運用を続けていくことは大事なことですが、できなくなる時も十分にあるわけです。まずはあるところまで運用は続け、その後はもう使うだけの時代にするというので、十分なんじゃないかなと考えています。

講演では、資産倍増プランの登場で『貯蓄から投資へ』という言葉が使われ始めたことへの危惧や、退職世代に優しくなってほしい新NISA について。また、使いながら運用するアプロ―チについての解説。新NISAによる金融業界の向かう方向性について説明。最後に独自のアンケート調査をもとに高齢者を社会の負担ではなく資産に変えていく興味深い提言をしてくださいました。

(文責 FIWA)

フリー・ディスカッション

参加者|ご相談者は現役世代の方がほとんどなので、なかなか高齢世代、退職後のアドバイスに携わることもなく、社内での従業員研修でも、結局は『DCをどう活用するのか、資産をどう形成していくのか』というところばかりを見ていました。今日のお話を伺い、その後のことも念頭におく。DCの資産形成についていうと、ターゲットイヤーじゃないですけど60歳に近づくにつれて『安定的なものに変えていきましょう!』みたいなアドバイスが一般的で、私もそう思い込んでアドバイスをしていたなと反省しています。野尻先生は、定年前後の運用も、やはり他の商品のポートフォリオを変えた方がいいとお考えでしょうか。

野尻|これは全ての方に共通するとは思っていません。収益率の配列リスクは、取崩しをする時の前半である、前の方のパフォーマンスが、全体に大きな影響を与えるということが、収益率配列のリスクといわれているポイントです。これを逆手にとる。運用資産の取り崩しの最初の頃が、ちょっとマーケット厳しいなとか、例えば、3%運用だったけど、平均すると、1~2%というように、自分が想定するパフォーマンスよりも下を走っているときは、そこを引き出さないというアイデアもあります。

その期間は、有価証券から取り崩さない。そこは岡本さんとは違う提案になりますが、現預金を先に取り崩していき、その時期をカバーしていく、というアイデアもあります。私自身の発想からすると、現役世代から積立ててきた資産は、信頼がおける商品でやってきています。これを退職したから変える必要はないと思います。基本は現役世代も退職してからも変わらない商品でいいです。

ただし、全体における比率を下げることで、ポートフォリオの比率を下げればいいのではないのかと思います。ポートフォリオとは自分の資産の全体です。現金、預金も全部含めたポートフォリオの中で有価証券の比率を下げていけばいい。ところが現金・預金から取り崩すとなると『それは逆じゃん!』と思われるかもしれませんが、実は多くの日本人は、退職時点に現金預金がごそっと入ってきます。退職金やDCを一括で引き出そうとすると、全部現金で入ってきます。その時点で有価証券比率が、がさっと下がります。そこからどうやってあるべき比率に戻そうかとする時、出てきた現金を一気に投資することはなかなか難しい。気持ちのうえでも、この間まで『積立てだ』といわれていたのに、そこだけ一括に戻すことは、なかなかできない。そこで、当面の間、他の運用資産には手を付けないで、がさっと増えたキャッシュを生活資金に充てて、全体の資金の有価証券比率をもとに戻していく。

このやり方も一つの提案になると思います。だから『ポートフォリオを変えるべきか?』と聞かれたら、変えるべきだと思いますが、ちゃんと目標値を作った段階で、『今はどちらにずれているのか?』という目線が一つと、商品設計を変える必要はないと私は思っています。

岡本|おっしゃるとおり、リタイア時点でだいだい50・50ぐらいになるケースが多いです。

それまで積み上げてきたリスク資産のポートフォリオは、現金ががばっと入ってきた退職金で、およそ50対50ぐらいになる。私は基本的には生活者がマーケット・タイミングで運用を変えるのは危険だと思っています。

ですから、余命年数で割り算してリスク資産からだんだん取り崩していく。もちろん、リスク資産を持っている以上、引き出せる額は大きくなったり小さくなったりします。といっても十分に分散されていればゼロになることはないわけです。生活スタイルで、ちょっと楽になったり、苦しくなったりすることを受け入れることで、現金は先に延ばしていくというように私は考えています。

銘柄としては全世界株式インデックス・ファンド。残高が大きくて、コストの低いものをしっかり積立てて持っていればいい。野尻さんも言っていましたが、皆さんが時々間違われることは、リタイアした時点で、全部現金化してなくてはいけないのではないのかと思っている人が結構います。30歳で投資をしたとき、35年投資をして65歳の時に引き出すとしても、次の31歳の時に投資したお金は株式のまま、次の年に繰り越せるわけです。全ての資産が35年投資になります。そして最後に積み立てた分を使うのは100何歳かになるわけです。その前にもちろん生活費の部分として、だんだん株式の部分は減らしていく。最後は現金になってしまう。その振れ幅はだんだん小さくなっていきますよ、ということです。

だから、どっちが好きか?ということでいいのではないのかと思います。こっちが絶対的に正しいとか、正しくないとか、投資の世界はそんなものではないですから。正解はいろいろあっていいのです。

参加者|今日お話にあった、取崩しのところで、お伺いしたいです。60歳以降になって、株式中心だったものをある程度、債券に振り分けたいだとか、もうちょっと、リスクの低いものにしたい場合、NISAの中だけでやろうとすると、かなりきついのではないかと思います。この考え方としては、NISAは元本ベースでいくらと決まっているので、できれば株式はNISAに中に置いておき、リスクを、現金の比率を落としていくとか、債券と他のアセットとの配分を変えて落とす場合、こういう制約がある中でやろうとすると、NISAは株式、もうちょっとリスクの低いものは課税口座みたいなところで、そういう使い方を消費者としては考えた方がいいのでしょうか?

野尻|ご指摘の通りだと思います。退職世代というか資産活用世代にとってはあまり優しくないですよね。『こんなによくなった!』と世間の人たちは言っている新しいNISA なんですけど、スイッチングができない。資産の中のリスク性のものをどれだけコントロールできるのか、みたいなことを変更できる余地を持っていないというのは、私が知っている限り、海外の非課税制度の中で一つもありません。とくにNISAのもとになったISAは最初に出来上がった時からスイッチングが可能です。

2014年の日本のNISAをスタートさせるとき、かなり現地に行って、取材や日本の当局の人をお連れしてディスカッションをしました。当時の日本の発想からすると、回転売買をする人たちがいっぱいいて、これは業者が悪いので、日本はこれを認めないために、一度買ったら売らせないルールにしたとなるわけです。

とても変なのは、二者択一をして、こっちに決めたら、みんなこっちに従えというわけです。こんなおかしな制度はだめだとずっと申し上げています。しかし、10年経ってもできていない最大の課題は、一度買ったら売ってはいけないという、スイッチングを認めない制度設計だと思います。

1800万円という金額は、普通に退職世代で運用している方にとっては大きな金額だと思います。これもマスコミの人と議論をすると、こんなに大きな金額なので、金持ち優遇の前提だと言われます。実務的にはあまりわからずに言っているのかしら?と思ってしまう。

『積立をやるんだ!』という人たちだけのための制度設計に落ちてしまっている。これは変える必要があります。次の制度設計として考えるときはここが課題でしょう。ただ、『今の私たちはどうしたらいいの? 』と考えたら、株式はNISAでそれ以外のものは課税口座で持つというのが一つのアイデアだと思います。今の場合、債券のポートフォリオを持つと言っても持ちようがないので、今のところ、株とキャッシュのポートフォリオが、上手なアプローチができるのかもしれないなというところです。

岡本|ある程度、短期売買が活発に行われないと金融機関も困ると、そういった配慮もあるのかもしれませんね。

野尻|今、原稿をいろいろなところに書いていますが、今度のNISAは販売手数料が0に急速に向かわせる力を持っている。5年たった後に、もう日本の投資信託の販売手数料は0が前提になるのではないでしょうか。今回の新NISAはそれぐらいの力を持っていると私は思っています。

岡本|とても有益なお話しでした。今日もありがとうございました。

(文責 FIWA)