【Vol.235】FIWA®代表理事リレー

科学が語る幸せの秘密

寄稿:FIWA®協会副理事長 原田 武嗣

FIWA®協会 副理事長 原田 武嗣

先日、ハーバード大学のロバート・ウォルディンガー氏が2015年に発表したTEDトーク“The Good Life”(「何が良い人生を作るのか?」)(注1)を視聴する機会に恵まれました。

6年以上も前のYouTube ビデオ(この記事の最後をご参照)ですが、「科学が語る幸せの秘密」についてとても興味深い講演です。以下、本講演の概略と私たちがこの講演から何を学べるのかを紹介します。

講演の冒頭、同氏は、「私たちが健康で幸せな人生を送るために必要なものは何でしょうか。もし、あなたが将来の最高の自分のために今投資をするとしたら、どこに時間とエネルギーを注ぎますか?」と問いかけます。最近、ミレニアル世代を対象に「人生の最も重要な目標は何か」というアンケート調査を行ったら、80%以上の人が「お金持ちになること」と答え、また、同じ若者の50%が、人生のもうひとつの大きな目標は「有名になること」だと答えたということです。

しかし、お金持ちになったり、有名になったりすることで、幸せになる可能性が高まるのでしょうか?

フランス語で「L’argent ne fait pas le bonheur (お金は幸福をもたらさない)」という表現があるそうです。そして、これから紹介するハーバード大学の研究は、お金があれば幸せになれるわけではないことを裏付けています。

この研究により、私たちを幸せにするのはお金でも名声でもなく、ズバリ「良い人間関係を持つこと」であることがはっきりしました。この研究が示していることは自明のことだと思うかもしれません。しかし、結局のところ、良い人間関係を築くことが幸せになるために不可欠な要素であることを忘れがちです。そして、お金持ちになるとか、有名になるとか、必ずしも幸せになるとは限らない目標を立てがちです。

それでは、同氏の講演の概略の紹介を続けましょう。

同氏は話します。「私たちは常に仕事に打ち込むように、もっと頑張るように、もっと達成するようにと言われ続けています。それこそが素晴らしい人生を送るために欠かせない事だという印象を持っています。でも本当でしょうか?本当にこれで幸せな人生を送ることができるのでしょうか?人生の全体像、その人の選んだ道や、もたらされた結果をとらえることはほぼ不可能です。人生について分かっている事の大半は人に昔のことを語ってもらってわかったことですが、ご存じのように昔は完璧に見えるということです。私たちは人生で起こったことを大量に忘れていますし、記憶というのは時に極めて創造的なものです。」と。

同氏が責任者を務めるハーバード大学の成人発達研究は、「もし私たちが、時間と共に展開する人生全体を見ることができるとしたらどうでしょう?10代の頃から高齢になるまで、何が人々の幸せと健康を支えているのかを研究することができるとしたらどうでしょう。」という問いに答えるものです。

同研究は、これまで行われた成人期の研究の中で恐らく最も長いもので、75年間、724人の男性の人生を毎年追跡し、仕事、家庭生活、健康について尋ね、もちろん、彼らの人生の物語がどうなるかは知らずにずっと尋ねてきました。このような調査は極めて稀です。なぜなら、研究対象から外れる人が多すぎたり、研究資金が枯渇したり、研究者がテーマを変えてしまったり、死んだりして、跡を継ぐ人がなかったりするからです。しかし、幸運と何世代にもわたる研究者の粘り強さによって、この研究は存続してきました。最初の724人のうち約60人がまだ生きていて、そのほとんどが90歳代で研究に参加しています。そして今、彼らの子供たち2,000人以上を対象に研究を始めています。同氏はこの研究の4代目の責任者です。

1938年以来、研究グループは2つのグループの男性の人生を追跡調査してきました。最初のグループは、ハーバード大学2年生の時から研究を始めました。彼らは皆、第二次世界大戦中に大学を卒業し、そのほとんどが戦争に参加しました。二つ目のグループは、ボストンの最貧困地区の少年たちでした。彼らは、1930年代のボストンにおいて、最も問題を抱えた恵まれない家庭の出身であったため、この研究のために特別に選ばれたのです。ほとんどの少年が長屋に住んでいて、水道も温水もないところが多かったのです。

この調査に参加した10代の若者たちは全員、面接を受けました。健康診断も受け、家庭を訪問し、両親にも話を聞きました。そして、この10代の子どもたちは成長し、あらゆる職業に就く大人になりました。工場労働者、弁護士、レンガ職人、医者、そしてアメリカ大統領になった人(注2)もいます。ある者はアルコール依存症になり、ある者は統合失調症になった。ある者は底辺から頂点まで社会の階段を上り、またある者はその逆を行きました。

この研究では、2年ごとに、辛抱強く献身的な研究スタッフが男性に電話をかけ、彼らの人生についてもう1度質問を送っていいかどうか尋ねるのです。

ボストン市内に住む男性の多くは、「なぜ、私を研究したいのですか?私の人生、そんなに面白いものじゃないのに・・・・」と。

彼らの人生を最も明確に把握するために、アンケートを送るだけではありません。リビングルームでインタビューする。医師から医療記録を取り寄せます。血液を採取し、脳をスキャンし、子どもたちから話を聞きます。

では、何を学ぶことができたのでしょうか。何万ページにも及ぶ生活情報からは、どのような教訓が得られるのでしょうか。その教訓は、富や名声、あるいは、より懸命に働くことではありません。この75年にわたる研究から得られる最も明確なメッセージは、次のようなものです。「良い人間関係は、私たちをより幸せに、より健康にしてくれる。」ということです。

この研究により、人間関係について3つの大きな教訓を得ることができました。

第一は、社会的なつながりは私たちにとって本当に良いものであるということ、そして孤独は死を招くということです。家族や友人、地域社会とのつながりが深い人は、そうでない人よりも幸せで、身体的にも健康で、長生きすることが分かっています。そして、孤独という体験は有害であることが判明しました。自分が望む以上に他者から孤立している人は、孤独でない人に比べて幸福度が低く、中年期には早くから健康状態が悪化し、脳機能も低下し、短命であることが分かっているのです。そして悲しいことに、いつでも5人に1人以上のアメリカ人が「自分は孤独だ」と訴えているのです。

そして、人ごみの中で孤独になることも、結婚生活の中で孤独になることも私たちは知っています。そこで、私たちが学んだ2つ目の大きな教訓は、友人の数だけでなく、コミットした関係にあるかどうかでもなく、親しい人間関係の質が重要であるということです。

争いの中で生活することは、私たちの健康にとって本当に悪いことであることがわかりました。例えば、愛情に欠けた争いの多い結婚は、健康に非常に悪いことが判明しました。おそらく離婚するよりも悪いでしょう。一方、良好で温かな人間関係の中で生活することは、健康を守ることにつながります。そして、50歳時点でわかっていることをすべてまとめてみたところ、彼らがどのように年を取るかを予測したのは、中年のコレステロール値ではなく、人間関係にどれだけ満足しているかでした。

50歳のときに人間関係に最も満足していた人たちは、80歳になっても最も健康だったのです。そして、良好で親密な人間関係は、老いの苦しみから私たちを守ってくれるようです。最も幸福なパートナーである男女は、80歳代になると、肉体的苦痛が多い日でも、気分は同じように幸福でいられると報告している。しかし、不幸な関係にある人たちは、肉体的な痛みが増すと、その分、精神的な痛みも増すのです。

人間関係と健康について学んだ3つ目の大きな教訓は、良い人間関係は私たちの体だけでなく、脳も守ってくれるということです。80歳代で他人としっかりとした関係を築いている人は保護的であり、困ったときに相手を頼れると思える関係にある人は記憶がより鮮明で長く保たれるということがわかりました。そして、相手を本当に頼りにできないと感じるような関係にある人は、記憶力の低下が早いのです。また、良好な人間関係は、常に円滑である必要はありません。80代の夫婦の中には、毎日口喧嘩をしている人もいますが、困難な状況に陥ったときに相手を本当に頼りにしていると感じている限り、その口喧嘩は彼らの記憶にダメージを与えません。

つまり、良好で親密な関係は健康や幸福に良いというメッセージは、昔からある知恵なのです。なぜ、このようなことが理解されにくく、無視されやすいのでしょうか。それは、私たちが人間だからです。できるだけ手早く手軽な方法に飛びつきがちです。それが人生から幸福を遠ざけてしまうのです。人間関係は複雑で面倒だし家族や友人のために努力するのはちっとも魅力的ではありませんし、また一生涯続けなくてはならないわけです。75年にわたる研究で、退職後に最も幸せだった人たちは、仕事仲間を新しい遊び仲間に置き換えることに積極的に取り組んできた人たちでした。最近の調査のミレニアル世代と同じように、若いころの男性の多くは、名声や富、高い業績が良い人生を送るために必要なものだと本気で信じていました。しかし、この75年間のこの研究によると、最もうまくいっているのは、家族、友人、コミュニティとの関係を大切にしている人たちです。

では、あなたはどうでしょう?例えば、あなたが25歳、40歳、60歳だとしましょう。頼るべき人との関係はどうなっていますか?

その可能性は無限大です。電子画面と睨めっこするよりも人と向き合ったり、一緒に新しいことを始めて関係を深める、遠出したりデートをしたり、久しぶりに家族と触れ合うといったシンプルなことです。

最後に、同氏はマーク・トウェインの言葉を紹介します。100年以上前、彼は自分の人生を振り返って、こんなことを書いています。「人生とは短いもので、言い争ったり、謝ったり、腹を立てたり、責任を追及したりする時間はない。人には愛するためのわずかな時間しかないのだ。」

そして、「良い人生は、良い人間関係で築かれる。」とロバート・ウォルディンガー氏は講演を締め括っています。

(注1)The Good Life | Robert Waldinger | TEDxBeaconStreet,

(注2)アメリカ合衆国第35代大統領ジョン・F・ケネディ