【Vol.274】エクスパート・オピニオン
Expert’s View:
トランプ氏の経済政策でどうなる、アメリカ、日本、世界
(この対談は2025年8月19日に行われたものです)
Expert’s View:トランプ氏の経済政策でどうなる、アメリカ、日本、世界
岡本: 先月はトランプさんの関税政策について色々伺いました。今月は経済・金融面の政策について教えていただけますか。
馬渕: 選挙時に公約したことをするとすれば減税があるはずなんですね。今年もすでに減税案というのは議会を通っているのですが、これはかなり小粒です。一つの目玉とされていたのは、個人の所得について、今年いっぱいでの時限措置で減税がありました。これを恒久化したり、すなわち期限を伸ばしたりする措置などをやったのですが、これは今までやってきた事をただ延長するだけで、追加の景気刺激になるものではない。
ただ、少なくとも、景気押し下げ効果は避けることができるとは解釈できます。それにチップ(レストランなどでの心付け)の一部を控除するとか、住宅ローンの金利負担について控除してあげるとか、そういうものは出たんですけど、小粒です。
やはり選挙前に公約として期待されていた連邦法人税、国の法人税の減税が重要です。財政赤字の悪化懸念があったので、これは今年は全く話題になっていないけれど、ただ公約には入っていますし、それから来年、中間選挙があるのでその前に打ち出すという可能性はあると思いますね。だから、大きな方向では関税以外には減税が動いてくるということはあり得ると思います。
岡本: その減税の原資は、例えば関税の少なくとも一部が入ってくるというようなことになるのでしょうかね。
馬渕: 一部は入ると思いますね。関税収入自体、実際増えていると言われていますので、それを充当してくると思います。
岡本:大きさはともかくアメリカの輸入業者から関税として取り上げた税金の一部が国民に返ってくることで購買力を下支えするということはありますよね。それは景気の動向を見ながら考えるというようなことなのでしょうかね
馬渕: そうですね。ただトランプ大統領はあれだけ言うことを変えられるのでわからないですけど、財政悪化を受けてマーケットがどうなっているか、法人減税を本格的に検討する時点ではわからないですが、ただ景気が良い悪いに関わらず減税実施の可能性は高いと思いますね。
岡本: 金融政策の方はどうですか。やはり金利を下げたいという方針なわけですね。
馬渕: そうですね。実際にSEPという景気見通しとか金利見通しを連銀が出している資料でもFOMCのメンバーは将来金利を下げるという方向では見通しを出しているので、オーソドックスにデータを見ながら、インフレがそれほど悪化しないのであれば、雇用自体がある程度、軟化してくるということを前提に、ゆっくり利下げはしてくるという。そういうことは検討していると思います。
岡本: ある程度、景気は少しスローダウン気味になるだろうという前提は考えているわけですよね。
馬渕: そうですね。それは見通しに入っていますね。
岡本: トランプさんがあれだけ金利を「下げろ、下げろ」と言っているのは、何なんなのでしょう。やはり景気の先行きを不安視しているのでしょうか。
馬渕: 景気と経済が悪化することはとても困るので、できるだけ景気に対する安全策を打ちたいというのはあると思います。あと、トランプさんがそこまできちんと分析して見通しができているということではないとしても、金融当局としては最終的に「トランプさんが正しかった」ということになるリスクはあるので、想定以上に早く景気が悪化してしまう可能性的には配慮しているのかも知れません。
トランプ大統領が景気の先行きを見通せないとしても、結果として急激に景気が悪化して、「やっぱりもっと早く利下げしておけばよかったよね」って周りの人に言われてしまう恐れはあると思います。
岡本: あと、それは関税の観点からもっと世界全体で見ると、この関税でどんな影響が出てくるんでしょうね。
馬渕: そうですね。先月、申し上げたように、関税を全部アメリカ側が負担するのではなく、結局、売れ行きの悪化を恐れるために各国企業が負担を被るという部分が出てくると、それはアメリカ以外の国々の企業収益の圧迫要因であり、景気の悪化要因にはなると思います。
あと、日本企業は「日本からアメリカに生産拠点を移します」と言ってもそんなに簡単にできる話ではない、また、海外生産を日本企業は増やしているわけですけど、アメリカで売るものを全部アメリカで作っているわけではないわけですよね。
日産などメキシコで作ってアメリカに輸出しているケースもあって、今、トランプ大統領はメキシコやカナダに対しても関税をかけるという姿勢です。そうするとメキシコでせっかく作っているのに関税がかかってしまい、その分も値下げしなければいけないとか、そういうことで日本企業の連結収益の圧迫要因になるということはありますね。
岡本: でも結局、これは全世界で見ればやっぱりゼロサムゲームですよね。
馬渕: そうです。ゼロサムです。
岡本: 誰が富むかというと、トランプが要するに世界の富を集めたいと、一部は消費者にもアメリカ人にも還元するけれども、基本はやっぱり財政を立て直すというようなことなのですかね。
馬渕: 財政を立て直すということはあまりトランプ大統領自身は考えてはいないと思うんです。ただ、あまり財政を無視して暴走すれば当然、債券市場が反乱を起こしますし、共和党の議員の中でも財政過激派とか言われる財政縮小、市場主義みたいな人がいます。
もともとのアメリカの古くからの共和党の流れを考えれば、共和党はやはり「昔の開拓時代のアメリカってみんな民間で回していたよね」と。だから、開拓者は政府に頼らず開拓をして、経済を発展させて、司法システムを整備し、国の裁判システムを創りあげた。昔はあまりきちんとしていなかったので、保安官が捕まえてリンチで処刑したとか、そこまでは行かなくてもやっぱりそういう自治自立の精神みたいなものを重んじる共和党の人はいると思うんですよね。
政府は小さい方がいい、減税は結構だが、支出も削りなさいってという人たちがいる。財政赤字を膨らませる大きな政府は良くないという原理主義的な人もいます。そういった党内からの反対もあってなかなか減税ばっかりやるっていうのは通りにくいという面もありますね。そういうところも配慮しながら財政支出を取っていくということになる。
岡本: そういうなんていうか、「いざ時」用の球を少し政府の中に持っておくことによって景気が落ち込んでくればそれを少し使うとか、予備的手段として持っておきたいというのはあるんでしょうかね。
馬渕: それもあると思いますね。ただ、トランプ大統領が描いたハッピー・シナリオは、やはり関税を上げることによってアメリカだけではなくそれぞれの国も負担するようにしたい。アメリカの負担を軽減するためには全部、現地生産をアメリカでやるという形になってくれれば、アメリカの中で海外企業による設備投資も増える。新設の工場を作るとかですね。それが今のところのトランプ大統領にとってのハッピー・シナリオじゃないのかなと思いますね。
岡本: なるほどね。まあ、でもかなり長期戦になりますね。そんなにすぐに工場ができかというと難しい。サプライチェーンを考えるだけだって、結構、大変だと思うんですよね。ますますサプライチェーンまで全部アメリカの中に持ち込もうとしたら、これまた大変なことになりそうだ。
馬渕: 大変ですね。各企業が考えている最悪のシナリオは、トランプさんはおそらく4年後で終わるわけですけど、終わったら次の人がトランプさんの関税路線もやめたって言われ、「やっぱりグローバル化がいいよね」とか言われてしまうと、元に戻すといっても、4年ってという期間は設備投資とかサプライチェーンの構築から考えると、かなり短い期間です。それでひっくり返ってしまうというリスクも想定しなきゃいけないのは辛いですね。
岡本: それは一つのリスクですね。資産運用の観点から今回の対談を締めたいのですが結局、オルカンみたいな全世界の企業を幅広く保有するファンドを持っていれば、あっちは儲かっているけど、こっちは損しているとか、要するに、世界経済全体として富が増加しているのであればファンドの価値も上がっていくという構図は変わらないですよね。
馬渕: それは変わらないと思います。今のところ、オルカンの中で、国別で一番ウェイトが高いのはアメリカなので、「SP500買っていればいいじゃない」という議論はあったわけですね。SPでも悪くはないと思うんですけど、例えば10年、20年、30年、「アメリカってダメになりますか」ということもある。ダメにはならないと思いますが、ただ一時、あまりにもアメリカへの投資の一極集中になりすぎた点があるので注意が必要です。アメリカさえ買っていればいいんだ、ならまだいいのですけど、マグニフィセント・セブンさえ買っていればいいとかですね。
岡本: 一時はNVIDIAさえ買っていれば何の問題もないとか言う人も結構出てきて、それは結局、アクティブ運用ですよね。何十年という将来の自分の生活のための資産運用には適さない。
馬渕: 「そこまで偏っていくとまずいんじゃないの?」という警鐘が今なっているような気がしますね。
岡本: 仮に案に反しアメリカの経済が非常に落ち込んでいったとして、他の国が伸びた、中国が、インドが伸びたとすれば、例えばオルカンの国ごとの資産配分比率は自動的に調整されますよね。値上がりするマーケットほど何もしないでも自然に配分比率は上がっていく。
そういう意味ではグローバルなインデックス・ファンドの「オートリバランス機能」はもっと注目されるべきだと思う。グローバルな時価総額荷重のインデックス・ファンドは非常にそういう意味で対応しやすいのです。特に今みたいな不透明感の強い時は全部持って買っておけば、「案に反して」という事態には非常に強いと思いますよね。
馬渕: 一発勝負では人間は欲が出るので、一番上がっているとこだけ買いたいって話になる。それでNVDIAだけみたいな話になってしまうので、そういった姿勢に良い意味で反省がもたらされるのであれば、足元の動きは別に悪いことではないと思います。
岡本: 非常に不安定な時ですが、でもまた面白いですよね。トランプさんの騒動っていうのはね。歴史に残るのではないかなと思いますね。今回は二回にわたってとても有益なお話をありがとうございました。




