【Vol.280】今月のひとこと

今月のひとこと

FIWA みんなのお金のアドバイザー協会®
会長 岡本和久

駆け足でみるお金と資産運用の歴史

お金の始まり

株式市場が今日の隆盛を極める前に長い歴史がありました。大昔は自給自足、しかし、集落ができてくると内部での物々交換が始まり、さらには集落間での付き合いも始まりました。提供できるもの、必要とするものを交換するが発生して、さらに仲立ちの手段としてお金が誕生します。お金の価値の裏付けは銅、銀、金などから始まり、さらに信用が貨幣価値の裏付けとなるようになりました。

お金は約3000年前には中国で宝貝が使われ始めていました。美しい貝が貨幣として使われるようになったので「物品貨幣」と呼ばれています。今でも「財」「買」「貨」など「貝」という漢字がお金に関連した文字に使われているのはその名残なのでしょう。

紀元前12~10世紀にはフェニキアが地中海貿易で活躍していました。レバノン杉を輸出して奴隷を輸入していたそうです。これはあくまで物々交換の形態だと言えるでしょう。最初の金属貨幣は小アジアのシリア(トルコ西部)のリディア国で作られたエレクトラム(金銀の自然合金)が最初だと言われています。これは刻印がついている本格的な硬貨だったようです。

日本では683年に天武天皇が富本銭を発行しました。実際にはそれ以前に無文銀銭と呼ばれる貨幣があったそうです。有名な和同開珎は708年に鋳造が開始されました。その後、皇朝十二銭と呼ばれる銅銭が250年間に渡って発行されましたが、新規に発行されるたびに鉛の混入が増加するなど質は低下していきました。自国の通貨の信用が落ちたことから宋から宋銭が大量に流入しました。

東インド会社

時代は下って15世紀になると大航海時代が始まります。コロンブスのアメリカ大陸発見、ヴァスコ・ダ・ガマのインド航路開通、さらにマゼランの世界周航や、スペイン、ポルトガルなどが新航路を発見したり新大陸の発見があったりしました。こうして世界の一体化が始まりました。十字軍の遠征、ルネッサンス、宗教革命などを通じて西洋世界はよりその活動範囲を広げました。またヨーロッパの主権国家体制も展開しました。

こうして西欧社会の活動範囲が拡大し、アジアの珍しい物産を危険を冒して仕入れてきて、それを高くヨーロッパで売るというビジネスが始まります。オランダ、イギリス、フランスなどに東インド会社など株式会社制度が生まれ、香辛料貿易などが活発に始まります。1602年にはオランダ東インド会社(VOC)が世界初の株式会社として公開市場で売買されるようになります。東インド会社などの株式に投機家が殺到、やがて 投機的な株式投資 株式を使った詐欺なども横行するようになりました。

しかし、17世紀のチューリップ・バブルから始まり18世紀にはミシシッピ会社 南海泡沫会社事件などバブルが発生し19世紀にはオランダ、フランス、イギリスなどの東インド会社が解散することになりました。

アメリカ

18世紀には産業革命が起こり、生産技術の向上で産業、経済、社会に大変革が起こります。15世紀末にアメリカ大陸が発見され、17世紀にはすでにヴァージニアで植民地が成立していました。さらに13植民地が建設され、世界的な技術革新と交通網の発達のもと、資本主義体制が確立され、1776年にはアメリカ合衆国が独立します。

南北戦争を経てアメリカで資本主義が発達。独占資本の形成、西部開拓、大陸横断鉄道の敷設など世界の工業国としての存在感を高めます。アメリカで株式取引が組織的に行われるようになったのは1792年の「すずかけの木(Button Wood Agreement)協定」と言われています。1817には証券取引所がコーヒーハウスの中にでき、1863年にはニューヨーク証券取引所ができました。しかし、20世紀の前までは投資家の関心はもっぱら個別銘柄の投機に限定されていました。

投資から資産運用へ

19世紀の末になり、チャールズ・ダウが市場全体の動きを表すダウ平均を開発して、株式市場全体の変動が投資家の視野に入るようになりました。さらに1889年、ウォール・ストリート・ジャーナルが発刊され株式市場の動きが多くの人びとに知れることになります。20年代には咆哮の時代を迎え株式市場は大投機バブル。そして1929年には暗黒の木曜日と言われる世界恐慌の引き金となった大暴落が起こります。この反省もあり1930年代にはバブルの経験を経て株価を追いかけるだけでなく個別銘柄の価値を判断する手法が開発されるようになりました。証券法、証券取引所法など法制度が整えられる。証券の本源的価値の分析を求める手法の開発が始まりました。

ジョン・バー・ウィリアムズは1937年の著書で株式の本質価値は将来キャッシュフローの現在価値であることを指摘、ついで1950〜1960年代マイロン・ゴードンはウィリアムズの理論を単純化し、ゴードンの方程式として発表します。これは配当金の成長率を一定として現在の株価=現在の配当金÷(要求収益率-配当成長率)としました。

さらに証券アナリストの父と言われるベンジャミン・グレアム(1894–1976)が偉大な貢献をします。彼は投資の基本を①内在価値(intrinsic value)、②安全域(safety net)、③気ままな市場さん(Mr. Market)として1949年:『賢明なる投資家』を出版。これらの先人の貢献により単に株価を追いかけるだけの投機ではなく、価値判断に基づく投資が重視されるようになりました。

戦後になりコンピュータの急速な普及、情報化の進展、システム工学の高度化、そして、何よりも年金資産の増大により、投資の焦点は個別銘柄のパフォーマンスから全体のパフォーマンスへと移っていきます。これはポートフォリオ革命と呼ばれる進化でした。こうして資産運用業、証券アナリストが職業として成立していったのです。

この変化に歩調を合わせて資産運用の拠って立つところとして資産運用の忠実義務、フィデュシャリー・ライアビリティ(デューティ)が重視されるようになりました。資産運用が独立した職業として確立されたことで職業倫理が重視されるようになったのです。

投機から投資へ、そして資産運用へと時代が変化していきました。 さらにインベストメントからアセット・マネジメントへの変化であったのです。それに合わせて確定給付型年金から確定拠出型への年金制度の変化に伴い運用責任が個人に負わされるようになり、生活者にとっての人生の伴走者としてアドバイザー業務が独立した業務として重要性を増してきています。

50余年の日米における私の証券人生を考えると、日本においてもほぼ10年遅れで米国と同じような変化が進行しているように見受けられます。今、FIWAが完全に独立したアドバイザーの確立を目指して努力しているのはそのような長期的な時代の変化と要請に基づくものなのです。

私は2025年、6回にわたって生活者が知るべき資産運用の基本を「サロイン塾2025」としてお話しましたが、2026年に引き続き無料、ネット開催のサロイン塾2026として投資理論の基本をお話しています。投資理論は決して難しいものではありません。奇数月の第三日曜の午後にネットで無料開催し、その後、YouTubeで公開もしています。お金の誕生から資産の運用までの歴史を思い浮かべながら大きな間違いをしないですむ投資理論の話も聞いてみてください。

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