【Vol.230】知って得する、ちょっと差がつく トリビア・コーナー

トリビア研究家 末崎 孝幸

Suezaki

1945年生まれ。1968年一橋大学商学部卒業、同年日興證券入社。調査部門、資産運用部門などを経て、日興アセットマネジメント執行役員(調査本部長)を務める。2004年に退職。Facebook上での氏のトリビア投稿は好評を博している。

カラット

 宝石の質量の単位をカラットといい、1カラットは200mg。また、金の純度の単位。24分率で示し純金は24カラットである。

カラット(carat)は、古代ギリシャ語の「イナゴマメ」を意味する「keration」に由来する。イナゴマメが質量を表す単位になったのは、イナゴマメの豆の数が少量の計算に用いられていたためで、1カラットが20mgなのも、一粒分重さが190~210mgであることに由来している。

「keration」がイタリア語、ラテン語などを経て、英語の「carat」となり、金の純度を表す「carat」になったのである。

アート・ブレーキ―の子供の名前

アート・ブレーキ―

燃えるドラムで世界を熱狂させたジャズの巨人、アート・ブレーキ―は親日家として知られている。初来日したのが昭和36年、この時ファンから写真をせがまれ、「俺は黒人だぞ。写真を一緒に撮ってもかまわないのか?」と聞き返し、ファンが「知っています。是非一緒に!」と答えたことに驚喜したのである。アメリカでは黒人に対する差別が公然と行われ、選挙権すらなかった時代である。これに感銘を受けたブレーキ―は度々来日するようになり、日本人ドラマーの(ほら吹きジョージこと)ジョージ川口たちともドラム合戦を繰り広げた。

後年、彼は「私は今まで世界中を旅してきたが、日本ほど私の心に強い印象を残してくれた国はない。何よりもうれしいのは、アフリカを除いて世界中で日本だけが我々を人間として歓迎してくれたことだ」と語っている。そして自分の息子の名を「Taro(太郎)」と名付けたのである。1990年没(71歳)。
・写真はWikipediaより

刑務所をなぜ「ムショ」と言うのか

「ムショ」は刑務所を指す言葉で、その関連からムショは「刑務所」の略のようにも思えるが実は違う。

日本で「刑務所」という言葉が生まれたのは大正11年のこと。それよりも以前に「監獄」のことを「ムショ」と呼んでいた。ではなぜ監獄のことを「ムショ」と呼んでいたかというと、当時、監獄で囚人に出されるご飯が白米100%ではなく麦が6割、米が4割の麦飯であった。そこから「六四(むし)よせば」と呼ぶようになり、その略で「ムショ」となったのである。

伊坂幸太郎(ペンネームの由来)

 10月に上梓された伊坂幸太郎(50歳)の「ペッパーズ・ゴースト」や文庫本の「フーガはユーガ」(単行本は2018年に発売)が好調な売れ行きだという。著者の伊坂幸太郎のペンネームは尊敬する西村京太郎にあやかっている。伊坂氏のペンネームは西村京太郎の画数に合わせたものだ。「伊」が「西」と同じ6画、「坂」が「村」と同じ7画だ。「幸」は「京」と同じく8画。

 なお、西村京太郎(91歳)は、一時勤務していた人事院時代の友人の苗字と、東京出身の長男という意味から京太郎としたという。

土方歳三の趣味は俳句

 新選組副長の土方歳三は当時のイケメンでモテ男だったが、俳句を趣味にしていた。彼が書きとめた俳句41句は「豊玉発句集」として残されている。豊玉は歳三の俳号で、発句は当時の俳句を示す言葉だ(俳句という言葉は大正時代に始まったもので、それまでは「発句」「俳諧」といわれていた)。

 司馬遼太郎の小説「燃えよ剣」では、沖田総司から「豊玉先生」とからかわれる場面がある。司馬は歳三の俳句を下手と評価していたため、こうした一文になったのかもしれない。以下歳三の俳句の一部を掲載する。

  • 梅の花 一輪咲いても 梅は梅
  • 三日月の 水の底照る 春の雨
  • 山門を 見こして見ゆる 春の月
  • 春の草 五色までは 覚えけり
  • あはら屋に 寝て居てさむし 春の月